丸井がアタックチャンスでパネルを落とし、Bチームの残りパネルは3枚。
Aチームは1枚多く、残り4枚。
「ニオニオー。」
「おう。頼む。」
「おお!分かったナリ!」
「真似すんな。」
レンタルしたラケットをブン!と勢い良く振り、ホームラン宣言するバッター宜しくボードに向かって紀伊梨は叫ぶ。
「さっ!来ーい!」
「どうしたw急に気合十分でw行くぞっ。」
紀伊梨はラケットを構えた。
『コーナーを?狙う?』
『そうじゃ。』
『うーん、でもでも、出来るか分かんないよー?私テニス部じゃ無いかんね!』
紀伊梨がそう言うと、仁王はちょっとだけ目を細めた。
『そうじゃ。でも頼まにゃならん。』
『?』
『コーナーを狙える人間がこっちにはあまりに少な過ぎる。このままじゃ負けてしまうき、お前さんの運動神経にも頼りたい。頼るしかないんじゃ。情けないがの。』
テニス部員の数は双方3人づつで同じ。
寧ろあっちには紫希が居る分有利になりやすい状況なのに、どうして負けそうになっているのか。
それは、アタックチャンスがどうのとか以前に、自分と桑原がどのパネルでも当てられるほどの実力を持っていないからである。
すんごく悔しい。
でも、悔しいからって意地張っている場合でもない。柳生を逃してしまう。
『・・・・・』
『黒崎も出来る方じゃが、運動神経っちゅう意味ではお前さんの方が上じゃろ。』
『うん・・・・』
『頼む。』
『・・・うん!』
テニスの事とか、部活の事とか、紀伊梨は我ながら分からないと思う。
でも、仁王が。
大事な大事な友達が、自分に頼むと言ってきたのだ。
此処でやらなきゃいつやるというのだ、五十嵐紀伊梨。
(コーナー、コーナー、隅っこの所ーーー)
頑張れ。
運動は得意だ。
出来る。きっと出来る。
狙って。
狙って。
「・・・てええいっ!」
紀伊梨の返球は、9番。
コーナーパネルを、勢い良く弾き飛ばした。
「・・・・!」
仁王が。
いや、皆が目を見開いた。
紀伊梨は、明らかに9番を狙った。
そして、狙って落とした。
勿論、センスに頼っているのであるからして、百発百中とは言えないだろう。
でも少なくとも、紀伊梨はその気になれば全くできないわけではないことが今証明された。
「紀伊梨ちゃん、凄いです・・・!」
「・・・マジかよ。」
「運動神経が良いとは聞いていたが・・・成る程、確かに。普通以上に出来るようだな。」
「ううん、なかなかやるね仁王も。」
「・・・?何故仁王君が出てくるのですか?」
「五十嵐は伊達や酔狂でビードロズのリーダーを務めてるわけじゃない、って事だよ。」
誰かに、頼りにされた時。
お願い、助けてと言われた時にその期待をいちいち裏切っていては、リーダー等務まらない。
誰かが本当に助けて欲しい時に真価を発揮するのが、リーダーの務め。
自身も実質リーダーである幸村は、その事をよく分かっていた。
そして仁王はおそらく、そこまで加味して紀伊梨に頼んだのであろう。
「・・・やるのう。助かったぜよ。」
「・・・・・」
「何よ桑原。黙っちゃって。」
「いや・・・・」
「心配するな。そろそろ新しいメニューの検討を終えようと思っていた所だから、明日から教えよう。」
「悪い・・・」
情けなくて悔しいのは桑原も同じである。
よもやこんなゲームを通じて、我が身のテニスの実力を顧みる事になろうとは。
「やったー!やったー!凄いぞ私ー!」
「大喜びねwでもまだゲームがあるよw」
「はっ・・・!!!」
実は。
パネルさえ落とせば、皆なんやかんやゲームはクリアしているのでゲーム部分がおまけのようになっているが、紀伊梨は1度ゲームで失敗し、落としたパネルが戻る運びになった、只一人の人間である。
「が、頑張るお!ちゃんと落としたんだかんねっ!ぜーったいゲームまでクリアするよ!」
「上手くいくと良いねwそれドン☆」
【双方のチームより1人づつ任意で選び】
「えーっと、りょーほーのチームから?1人づつ?」
「そうw」
「じゃあ、真田っちと桑ちゃん!さっきから当たってないよね?」
「そういう基準で良いのか・・・?」
「此処で与し易そうな奴選ばないのが馬鹿よね。」
「まあ、あくまでゲームと言う感覚が抜けきらないのだろう。」
「プリッ。この辺も言うておくべきじゃったか。」
桑原は味方チームなので良いとして、真田は問題だろうと皆思う。
また未クリアにならなければ良いが。
「選んだお!ゲームはなーに?」
【三言コメント】
「・・・さんげん、コメント?か?」
「さんいうコメントじゃないの?」
「たるんどるぞ、みこと!コメント!一言、二言、三言の三言だ!」
「あれはみことって読むのか・・・」
「へー!知らなかったー!」
「知っていろ!お前は純然たる日本人だろう!」
日本人だけどこの場の誰より日本語力の低い紀伊梨。
彼女の先日の国語の点数はやっぱり赤点ギリギリだった。
「えーと、で?三言コメントだから?一言コメントより長いコメントって事?」
「そーねw文章3つ分くらいでどうぞw」
「分かった!」
普段から紀伊梨はお喋りが好きだ。
それに得意でもある。無口な性格でも、紀伊梨の前で沈黙を保つのは難しい。
だからコメントなんかは実に紀伊梨向きのゲームと言えよう。
「じゃあ先に桑ちゃんから行こーかな!」
「俺か、分かった。」
「えーっとね、先ず何時もお手伝いいっぱいしてて偉いよね!桑ちゃんは偉い偉い!褒めてしんぜよー!」
「手伝い?・・・って、ああ。そうか。」
そういえばこの前、偶々店の手伝いをしてる所に居合わせたのだった。
「ほう、感心だな。」
「いやそんな・・・大した事はしてねえよ。当たり前の事をしてるだけだ。」
「それが偉いんだよー!よし、良い子良い子してあげよう!しゃがんでしゃがんで!」
「いや、それは遠慮する・・・」
「感心て、上から目線か。」
「黒崎、お前さんもつくづく耳聡いの。流せと言うたじゃろ。」
「つい。」
(やはり、桑原は休日は手伝いに追われているようだな)
休養も大事だし、ある程度以上のやばさになったら、本気で何か考えないと・・・とか思っている柳は、ある意味マネージャーよりマネージャーしているのかもしれない。
「それからー、あ!ねーねー桑ちゃん、無理してない?」
「無理?何の話だ?」
「桑ちゃんはいつも優しーからー。紫希ぴょんは知らない間にちょこちょこ無理するし、桑ちゃんも無理してないかなーって!」
「ああ、そういう事か・・・でも、無理はしてないぞ?」
「そーなの?」
「俺は無理な時は無理って言うからな。」
「そっかー!なら安心だね!」
問題は、無理って言った所で聞き入れて貰えるかどうかという点にあるのだが、その事について掘り下げると自分が可哀想になるので、桑原は考えるのを止めた。
「うむ。」
「・・・あれ?怒らないのか?」
「怒る?何故怒るのだ?」
「いや、苦しい事から逃げるな!とかって怒られるかなって、ちょっと。」
「みだりに逃げるのと考慮の上の撤退は区別すべきだ。引き際を見極めるのは、何事においても重要だからな。出来ない奴も居るが。」
「誰の事ー?」
「お前と春日と黒崎千百合と仁王の事だ、たわけが!」
「ええー!?なんでなんでー!?私無理なんかしてないよー!?」
「引き際を見極めろと言っているだろう!春日は何時までも引かなさ過ぎるが、お前達三人は簡単に引き過ぎだ!もう少し何事にも腰を据えて物事に取り組まんか!」
「言われてるよ、春日。」
「そ、そんなに無理なんてしてませんよ・・・それに、無理と思っていた事に取り組まないと、私何も出来ない人間になってしまいますから、」
自信過小の紫希は、「無理」と思うハードルが異常に低い。
簡単に「無理」と思ってしまうから、それを避けていると身動き一つ取れない。紫希はその事を自分で良く分かっている。
「春日さんはもう少し、自分を客観的に見つめる力が必要ですね。」
「ごめんなさい・・・」
「まあ、それはそれで良いんじゃねえ?」
「何が良いんです。春日さんの為にも、直すべきポイントではないですか?」
「でも直さない方が面白いじゃん?」
(へえ?)
幸村は微笑んだ。
「面白いかい、丸井?」
「うん。あ、別に馬鹿にしてるわけじゃ、」
「ふふっ、良いよ。分かってるから。」
ただ、そうか面白いのか、と思っただけ。
皆が直さないとと思っている其処を、お前は面白がるのかと。
そう思っただけ。
「あと一個だね!んとねー、あ!そうそう、前から桑ちゃんに聞きたい事があったんだよー!」
「ん?」
「ブラジルってどんなとこ?」
嘗てオーレ!とか言っていたように、紀伊梨はブラジルと言う国についてとても理解が薄い。
だからいつか聞いてみようと思っていたのだ。
「ほう。お前にしては、なかなか殊勝な質問だな。」
「ししょー?」
「殊勝だ、馬鹿者!」
「ま、まあ真田?それより、ええとそうだな、ブラジル?どんな・・・」
どんな?と急に言われても逆に困る。
子供にとっての母国とはそんなものだ。
「・・・そうだな、良く言えば皆おおらかで、悪く言えば大雑把かな。」
「ほうほう!」
「後はそうだな、皆サッカーが好きだな。お祭りも好きだし。」
「へえ!あ、あったかいんだっけ?」
「ああ。でも、年柄年中どこでも暑いわけでも無いぞ。雪が降る所も、多くは無いけどあるしな。」
「へー!良いね良いね、楽しそー!行ってみたいなー・・・」
「1人では来るなよ!」
「ふえっ!?」
「良いか、1人では来るなよ、絶対誰かと一緒に来いよ!」
「お、おおう・・・分かった・・・」
「どうしたのだ、一体。」
「危ないんだよ!日本の比じゃないくらい治安が悪いんだ、ちょっと気を緩めたらすぐ危ない目に遭うぞ!」
そうでなくても知らない人からお菓子貰ったらついて行きそうな雰囲気があるのに、紀伊梨が1人で外国なんて心臓が止まる。ブラジルどころかハワイや台湾でも怖い。
「あまり詳しくはないが、そこまで言う程なのか。確かに五十嵐1人と言うのは問題外だが。」
「問題外!?」
「言う程さ。そもそも、その辺に居る奴らが当たり前の顔をして銃を持ってるんだ。」
「銃!?マジかー!」
「銃社会だからな。泥棒も多いし、そのくせ警察は呼ばないと来てくれないんだ。交番なんて無いぜ。」
「ほう!それは初耳だな、交番が無いのか。」
「というか、有る方が珍しい。日本が特別なんだ、警察署以外で警察が常駐してる場所があるなんてな。」
「えー!じゃあ落し物拾ったら何処へ届けんのー?」
「届けない。拾ったら自分の物だ。」
「ええええええ!?」
「信じられん世界だな・・・」
正に別の世界と言う奴である。
何が違うって、何もかもが日本とは違い過ぎて、いちいち上げていったらキリが無い。
「ほう・・・面白そうな国じゃのう、ブラジル。」
「危なそ。っつってもあんたは一人で平気か。」
「ブラジルか。興味深いが、食事が辛そうだな。」
「ああ、そうか。飯はこっちとかなり違うじゃろうな。」
「あー。柳は和食派っぽいもんね。洋食嫌?」
「いや。和食だの洋食だのと言うより・・・好物としては、どれというか、味付けの薄いものが良い。」
「となると和食って・・・」
「和食は和食で辛いものも多い。洋食でソースが過剰にかかっているのも苦手だが、砂糖醤油で煮しめられている物も進んでは食べないな。」
「はーん。覚えとく。」
「覚えてどうするつもりぜよ。」
「いつか紫希の役に立つかもしれないでしょ。」
いつか、皆に料理を出す日があるかもしれない。
それを考えるにつけても、自分が作ると言う発想が無い辺りが、千百合の生来の面倒くさがりな所だ。