「なんと・・・」
「嘘でしょ。」
「おおおお!紫希ぴょんがあんな所に立ってるー!」
流石に下を向いては居ないが、立った状態で、少なくとも下に居る人間からシルエットが視認できる位には淵側に近づいている。
「すげえw彼奴があんな事してるのを見られる日が来るとはw」
「うむ!見上げた根性だ。彼奴は見所があるな。」
「ちょっと。あんたは紫希の事褒めないでくれない。」
「何!?どういう意味だ!」
「あんた、紫希が無茶すると褒めるんだからそういうの止めてって言ってるの。それこそ紫希があんたみたくなったりしたら、私一生後悔するわ。」
「おい!言わせておけば言いたい放題言いおって、其処に直れ!」
「知るか!」
「喧嘩すんなしw」
「なんじゃ、出来るんじゃなか。」
「いや、あれは頑張ってるんだろ・・・」
「そーだよー!紫希ぴょんはとーっても高い所怖いんだからね!あれはニオニオの為に頑張ってるんだから、そんな簡単そーに言ったら駄目なんですぞ!」
「プリッ。」
「仁王君。人の努力に対してそういった誤魔化し方は感心しませんよ。」
「そーだそーだー!」
「お前さんら敵チームじゃろ。」
一体どっちの味方なんだよと問いたくなるが、それは止めておこう。
今はちょっと自分の分が悪い。
「・・・しかし。」
柳生が眼鏡のブリッジをスッと直し、屋上を見上げた。
上に見えるのは紫希のシルエット。
その更に向こうに上半身だけ見えているのは丸井だろう。
「・・・姿勢から察するに、どうやら球出しの方法を変えたようですが。」
「あれ、それだけ?」
「ええ。ラケットも僅かにですが見えますし、どうやらさっきと全く違う奇策・・・作戦を使う、というわけではないようです。」
「お前もマメだねえw」
「豆?」
「馬鹿は放っておいて。」
「馬鹿!?」
「馬鹿でしょ。」
一体誰の為に柳生がいちいち言い直ししてくれてると思っているのだろうか。
しかしそれはさておき、柳生の言った事が本当だとするならば。
「球出しの方法って、変えたからってそんなに変わるかなー?意味あるー?」
「私もそう思う。」
「ほう?お前さんらは意味が無いと思うか?」
「そりゃあ大事じゃないとは言わないけど、さっき出来なかったじゃん。なのに姿勢変えたから急に出来るようになるとか、おかしくない?」
「あ、分かった!」
紀伊梨が元気よく手を挙げた。
「あれっしょ!気分を変えて、って奴!」
「何その理由・・・」
「えー!だってだって、上手くいかない時はなんでも良いからやり方変えてみるのが良いっしょー?意味はあんまりなくっても、気分が変わると出来ちゃったりするじゃん?」
「成程。確かに五十嵐さんの言う事には一理あります。」
「そお?」
「ええ。非科学的ではありますが、気分を切り替えるというのは重要な事ですよ。」
「ふっふーん!」
一理あるというのはどういう意味か、を以前教えて貰っている紀伊梨は、褒められてるのが分かって誇らしげである。
「ほら!やっぱりそーなんだよ!」
「そうか?」
「えー!桑ちゃんはそー思わないのー?」
「ああ、俺はな。そういう意味は、あれは薄いと思うぜ。」
「当たり前だろう!
良いか、お前達はテニスを知らなさ過ぎる!柳生は兎も角、五十嵐に黒崎千百合は、
あれ程幸村の傍に居て何故そんなにも知らん事が多いのだ!」
「・・・・・・」
「痛い所突かれたとか思うくらいならwちょっとは勉強すれば良いのにw・・・あだ!」
「るさい。」
幸いにも千百合と棗のやり取りを見ていなかった真田は、紀伊梨にコンコンとお説教を続ける。
「良いか!目指すべきが、時、場所、場合を選ばずとも自分の思うプレイが出来る。そういった選手である事は確かだ。だが反面、それが容易く出来るようになるほど、テニスは単純なものではない!たかが球出し、されど球出しだ!僅かな変化であっても、その変化によって日々新しい境地というのは・・・おい、聞いとるのか!たるんどる!」
「だーって、真田っちの話むつかしくて良く分かんないんだもーん!もちょっとわかりやすくお願いしやすよ、旦那ー!」
「つまり、あれだけの事でも十分さっきとは違うっちゅう事じゃ。」
「ほーほー!よっしゃ、それなら紀伊梨ちゃんだって!頑張って跳ね返してやるんだかんね!」
「真田君の言う通りですね。スポーツとは奥が深いものです。ほんの数センチの差が、見える世界をグンと変えてしまいますから。」
「ああ、確かに・・・って、なんか言い出しづらいけど。」
「はい?」
「俺は元々、そんなつもりで意味がある、って言ったわけじゃないんだけどな。」
「・・・?しかし、」
元々、気分転換的に球出し方法を変えたのでは、という紀伊梨の意見に対して桑原は異を唱えたのだ。
しかし、真田のいうスポーツ論的な話も、桑原は違うという。
「それならば、桑原君はどのような点で意味があると?」
「別に、五十嵐の話も真田の話も間違ってるとかは思わないけどな。ただ、ブン太としては、気分を変えるとかやり易い方法とかより、もっと効果的な火の着け方がある。」
「ほう?興味深いですね、良ければお聞かせ願えませんか?」
「聞くまでもねえよ。」
桑原は笑いながら言った。
わざわざ考えなくても、丸井の気持ちになってみれば分かると思う。
今檻には仲間が3人。
このままでは負けてしまう。
有限の弾と時間の中、自分を信じて仲間は待っている。
丸井がコントロールを得意な事を知っていて、出来ると期待している。
きっと出来ると、そう信じて、高所の怖い女の子がその高所で頑張っているのだ。
こんな状況で出来ないなんて。
やれないなんて。
失敗するなんて。
そんなの、男としてプライドが許さないじゃないか?
(なあ、ブン太ーーー)
当ったり前だろい!
という返事の代わりに、屋上を見上げる桑原の額に、ポンと。
ボールが。
「というわけで・・・悪いな、俺は逃げるぜ!」
「あーーーーーー!」
紀伊梨の声が桑原の背を追うが、まさか止まってくれるわけもない。
あっという間に遠ざかる桑原の姿。
「どうする?追いかける?」
「・・・いえ。こうなってしまっては無意味です。」
「えー!?どーして、まだ間に合うよー!頑張ればきっと、」
「桑原君は今居る全員の中でも、特に足が速い方です。例え五十嵐さんでも、離されはしなくても追いつく事も又不可能でしょう。」
ズバリである。
まるでその場で見ていたかのような発言をする柳生は、矢張り人間観察力に長けているのだ。
「というわけで・・・黒崎さん。」
「私?」
「ええ、交代です。幸村君と柳君は、今恐らく10分を過ぎるのを待っているのでしょう。ですから、」
「私が待ち伏せ役になって、あの2人をフリーに回せって事ね。オッケー、行ってくる。」
「助かります。」
本当に助かる。
紀伊梨と居ると、千百合の話の早さはとても楽。
「五十嵐が残るか・・・」
「ああ、嫌な展開じゃ。」
「ちょっと酷くない!?」
「いや、悪い意味じゃないだろw」
「およ?」
「五十嵐さん。五十嵐さんは此処に残って頂いていた方が良いんです。丸井君の攻撃を跳ね返せる確率は、今五十嵐さんが一番高いのですから。」
何を隠そう、今此処に居る警察チーム側にはテニス部が居ないのである。
この状況で、圧倒的優位の位置に居るテニス部の丸井を迎撃し続けるのは難しい。
というか無理だ。はっきり言って。
ならば次の手。
もう逃がされるのは想定しておいて、捕まえ直す事を考える。
その為には幸村と柳を動かさなければいけないが、交代するまでどうにか時間を稼がねばならない。
「真田君と仁王君もその事は承知でしょう。そういう意味で、五十嵐さんに止まられるのは困ると仰ったのですよ。」
「おお!そーいう事かー!よーっし!でわでわご期待にお答えしてー、ブンブンしょーぶだー!」
「挑発してどうするんじゃ。」
「・・・・・・・」
「黒崎千百合?」
「・・・何?」
「何ではない、呆けていたのはお前の方だろう。」
「気の所為でしょ。柳生、私行ってくるから。」
「はい、お願いします。」
ああ又。
又、波が。