5周年記念企画:聖夜の15時、ラテを飲んだら - 5/5


それからしばらく、紫希は本当にスタバに寄り付かなかった。

元々丸井のシフトは結構ランダムで、行くまで居るか居ないかわからないような所があったから、紫希は怖くて近づけなかった。

またデートの話を聞くのが嫌だった。

だからせめて、クリスマスまでは避けていようと思ってよりつかないで居た結果、趣味の時間が強制的に削られた。そして勉強に時間を割いた結果、24日はとても暇になってしまった。

「じゃあ、行ってきます。」
「あれ?出かけんの?」
「はい。本を読みに行きます。」
「ああ、スタバ。何か最近忙しそうにしてて行ってなかったもんね。」

紫希は曖昧に笑って、家を出た。

本当は順番が逆なのだ。
忙しかったから行かなかったんじゃなくて、行きたくないから忙しくしていた。

でも、今日は24だ。24は行っても大丈夫。

丸井はデートのはずだ。
絶対居ない。

唯一可能性があるとしたら、丸井がデートの途中客としてスタバに寄り道するケースだが、まあ多分ないだろう。せっかくのクリスマスなのに、わざわざバイト先に寄ることも珍しいだろうし。

「寒い・・・」

足下には雪が混じったみぞれが広がっていた。
そのみぞれを、イブと言う非日常を楽しんでいる人々の足が踏んで通り過ぎていく。

自分は逆だ。
今日からやっと日常が戻ってくるのだ。

その裏にあるものはもう二度と戻らないとしても。

「・・・・」

紫希はちょっと首を横に振った。

良いんだ。
遅かれ早かれこうなることは目に見えていたから。
今まで避けられていたのが不思議だったくらいなのだ。

なるべく平静を装って、久しぶりのスタバに入る。

暖かい空気。
コーヒーの匂い。
明るい店内。


「いらっしゃいませ。」


(・・・・・え、)

紫希は思わず入口で足を止めてしまった。

居る。
丸井が居る。

(・・・・どうしてー---あ!)

しまった。

完全にその可能性はないものとして捨てていたが、そうだ。
紫希としては低確率過ぎて無視していたけど、丸井が今日居るケースも確かにある。

丸井が振られていたパターン。
それから、振られては無いにしても24日のデートはできなかった、というパターンだ。デート相手のスケジュールによっては、ない事じゃない。

「どうしましょう・・・」

誰にも聞こえないような声だったが、紫希は思わず呟いてしまった。

今日は居ないに違いないと信じ切っていたので、ショックで半分呆然としつつ、紫希は一度カウンターを通り過ぎて席をキープした。

いつもそうしているから、何とか今も体が勝手に動いたが、今日は紫希は一度席に座った。

状況の処理が追いつかない。

(どうしましょう・・・でもどうしようも・・・私ができることなんてないですし・・・)

「・・・・うう・・・・」

紫希は目頭を軽く手で押さえた。

心理的にめまいがするような気持ち。

結局丸井は今どういう状況なんだろうか。
デートしたんだろうか。してないんだろうか。
恋人ができたんだろうか。まだなんだろうか。

ああもうダメだ。
混乱してる。考えがまとまらない。

考えてたって永遠に答えなんか出ないと分かっているのに、頭が勝手に考えてしまってしょうがない。

(・・・・とりあえず何か飲みましょう、何も買わないで居座るなんて迷惑ですし、何でも良いから何か・・・)

まだ落ち着かない気持ちでレジに並ぶ。ちらりとカウンター内を見ると、今日の丸井はそもそもレジに並んでおらず、中でまあまあ忙しくしている。

(もう・・・もう・・・考えないように考えないように、私部外者なんですから・・・)

そう。部外者なんだから。

「お待たせいたしました、ご注文の方お決まりでしょうか?」
「・・・・ティーラテのショートで。」
「かしこまりました。では、あちらのカウンターでお待ちください。」
「はい・・・」

しんどい気分で紫希はカウンターへ向かった。

丸井が居る。

いつもは嬉しいけど、今日は丸井と話したくない。前みたいに聞きたくないことをうっかり聞いてしまったら、とんだクリスマスイブになってしまう。

「ティーラテのショートのお客様・・・あ。」
「どうも・・・」

何も聞いて来ないで、と願う紫希の気持ちとは裏腹に、丸井はあっさり口を開いた。

「久しぶりですね。」
「え?」
「しばらく来なかったから。」
「・・・勉強が、忙しくて。」
「ふうん・・・あ。もしかして、今日も勉強してるんですか?」
「あ、いえ。もう終わったんです。今日は、休息日で・・・」
「・・・テストとかが上手くいかなかったんですか?」
「え?」
「何か元気なさそうだから。」
「あはは・・・ちょっと、疲れてるかもしれないです。ゆっくりできるの、久しぶりですから・・・」

頼むから早く会話を切り上げたかった。

落ち着かない。

うっかりクリスマスの話になって、余計なこと聞いたらどうしよう。
目の前で丸井の口から、クリスマスデートはできなかったけど彼女はできたんです、とか聞いたらその場で泣きそうになるかもしれない。
それでなくても、今日デートじゃなかったんですか、の一言が喋ってると口から出そうで、怖くて怖くて仕方が無いのだ。

「お待たせしました、ティーラテのショートになります。」
「ありがとうござい・・・」
「それ。」

丸井は、徐に紫希が受け取った紙カップを指さした。

「え?」
「悪いんですけど、要らなくなって捨てる時は、カウンターまで返してもらって良いですか?」
「・・・え?」
「さすがにごみ箱はちょっと怖いんで、一応?」
「え、え、」

「次抹茶フラペチーノでーす。」

「はい。じゃ、お願いします。」
「・・・・・はあ。」

紫希は「?」を頭に沢山浮かべて席に戻った。

それ。って、この紙カップだろうか。
で、これが不要になったら、カウンターに返せと。セルフのごみ箱があるけど、それは使うなと。

(ごみ箱が怖い・・・?怖いってこの場合なんでしょうか?)

ごみ箱に捨てるとまずい。のか。
このカップが。

(そんな変なカップに見えないんですけど・・・)

まあ別に、そうしろと言うのなら従うけど。
と思いながら、なんとなくカップを眺めていた

時。

「・・・・あれ?」

紙カップの持つところ。
何か書いてある。

いや、スタバはちょくちょく何か書いてくれる。
特に今日はクリスマスだから、メリークリスマスとか書いてくれてても別におかしくはない。

実際、英字が見えたからメリークリスマスだろうなと思った。
でも違う。よく見るとそんなこと書いてない。

(Uptime 15:30・・・Why not 、go on a ー--)

「・・・date?」

Uptime。これは上り時間のこと。つまり、バイト終わりの時間。
Why notは~~しないか、という提案の言い回し。
go onは行く、ということで、dateは。

(date・・・え?date、あれ?この綴りのdateって、どういう意味でしたっけ、)

心臓がはやる。

普段なら単語を見ただけでわかるけど、今はまさかそんなという気持ちが先行していて、調べて確かめないと安心できない。

慌ててスマホを取り出したタイミングで、新しい客がやってきた。

「お!丸井先輩、こんちわ!」

後輩だろうか。
丸井も大概だけど、丸井以上かもしれない明るさの男子が、冷たい空気をまとって入店してきた。

「よう!っていうか、俺は接客中だからもうちょい静かにしろい。」
「はいはい、わかってますって!っていうか、俺今日先輩が居ると思ってなかったんすけど。デートじゃなかったんすか?あ、もしかして振られた?」
「ちーがーう。誘う暇なかったんだよ、向こうが勉強に忙しくて。」
「へー。じゃあ今日はひとりのクリスマスっすねえ。」
「さあ?」
「え?」
「さっきやっと誘えたとこだし?OKもらえたら、上りからはデートなの。」
「あ、じゃあ振られたら俺んち来てくださいよ!皆でスマブラしましょ!」
「振られたらな。ほら、とっとと注文しろい。」
「へーい。じゃあえーと、」

心臓が痛いくらい高鳴っている。
聞こえてくることがいちいち全部信じられない。

本当なのかな。
人違いされてないかな。

嘘だ、と疑う気持ちが出てくるたびに、目の前のカップに書かれたメッセージが自分に現実をー--夢のような現実を教えてくれる。

15:30。
後1時間。

1時間経ったら、それで自分がよろしくお願いしますと言ったら、本当に丸井とデートになるんだろうか。そんなことあり得るのか。

思わず丸井の方を目で伺うと、目が合って、それだけでかあっと顔が熱くなってしまった。

絶対真っ赤になってると自分でもわかるような顔を見て、丸井は一瞬目を丸くした後、笑ってカウンターに向き直る。

「やっぱスマブラは良いや。」
「え?」
「多分オッケーもらえるからさ。」

そう話す丸井の首筋もほんのり赤い。

ああ、本当なのかな。
本当に本当なのかな。

あと1時間後、聖夜の奇跡が本当に本当に現実になることを、紫希はまだ知らない。