楽器の準備をひとしきり終えて、スポットがまだ点かず薄暗い中でスタンバイ中だ。
スクリーンの向こうでは映されているフィルムの音声がうっすら聞こえてくるが、内容からしてもうそろそろ終了という所だろう。
「いよいよだねー!ワクワクするよー!」
「あんたは元気ね。」
「こりゃあ思った以上だわw」
小学校で演奏した事もあるが、精々全校生徒で700人といったところだった。
今は教師を合わせておよそ2100人あまり。
観客の規模としては3倍。
「作戦はどうなのかしらね。」
「一応滞りなく進んでる、とは仁王から来たけどねん。」
棗がLINEの画面を見せようとした。
しかし、紀伊梨の手がそれを抑えた。
「紀伊梨?」
「・・・心配しなくて良いよ!」
きっとやってくれる。
皆を信じている。
だから確認はしない。
向こうの事は今は考えない。
「精一杯やろうね!」
「・・・そーねw」
「やるか。」
楽器を構えて、スクリーンの裏側を3人は見つめた。
これは、緞帳。
幕が上がれば、その向こうには2100人の観客が居る。
(スネア、良し。シンバル、良し。チューニング、した。アンプ、オッケー。・・・うん。)
目線を上に上げる棗。
(1曲目は、青春☆ラプソディ。2曲目、今、夢の始まり。3曲目、Fly high!アンコールは、青春のRemixで・・・)
ベースの弦を愛おしそうに撫でる千百合。
「・・・・・・」
紀伊梨はふう、と息を吐いた。
ここからだ。
ここから始まる。
そう、これはスタートだ。
ゴールになんか、絶対にさせない。
これから、紫希と。
千百合と。
棗と。
幸村と。
丸井と、柳と、真田と、仁王と、桑原と。
それから。
未だ会った事のない、これから出会う誰かと。
一緒に。
皆一緒の青春が、これから始まるんだ。
こんな所で躓いてられない。
(大丈夫だよ。出来るよ。私と、皆が居てくれるなら。)
絶対。
絶対。
絶対大丈夫。
「それでは、次のプログラムに参ります。新入生による軽音楽バンド、ビードロズの皆さんによる演奏です。見づらい方は、どうぞ押さないように注意して前の方に・・・」
司会の声。
スポットが点灯する。
スクリーンが上がる。
さあ。
始まる。
(・・・見ていて、皆!)
スクリーンが上がる、その数分前。
柳生は逃げ回るようにしていた生徒会長を漸く捕まえていた。
「貴方に脅されて、予定に無い行動を取って居る人間が方々に居るのですが。」
「な・・・何の話だ?」
ここで「本当に何の話をされてるのか分かりません」な顔をされると、違った方向にややこしくなるなと柳生は思っていたが、杞憂に終わった。
生徒会長、須藤は、何の話と言いつつおろおろきょどきょど。
目線は落ち着かず、所在無げな空気がダダ漏れである。
「・・・もう時間もありませんのではっきり言いましょうか。」
「何を・・・」
「会長、貴方も脅されておいででしょう。」
須藤は泣きそうな顔になった。
無理もない、と柳生は思う。
誰が考えたのかは知らないが、頭の良い作戦というのが柳生の見解だった。
最初に須藤を支配下に置いておいて、その須藤に他の者を従わせる。それなら、須藤1人に釘を差すだけで良い。
手伝わせる全員に脅しが効いているか、いちいち確認する必要などないわけだ。
(もっとも、末端まで本当に指示を聞くと信じている辺りは大胆さも伺えますね。それに・・・)
悔しいのはこの進行のスムーズさである。
黒幕の案か須藤が考えたのかは知らないが、手伝わせる人間の動線を考えて言う事を聞かせている為、人数不足で出来ないと思っていた事が出来てしまっている。
お前ら段取り悪いと言われているようで・・・というか、言われているも同然だ。
しかし、その辺の考察は後にしよう。
今だ。
今はやる事がある。
「会長。」
「・・・・・・」
「誰が首謀者なんですか?」
須藤はゆっくり溜息を吐き、大層重いといった風に口を開いた。
「・・・1年生の仁王、雅治だ。」
「仁王・・・?」
「おそらく、ステージの近くに居るだろう。銀髪の・・・」
柳生はバルコニーの手すりに駆け寄り、ステージに目を走らせた。
2000人の生徒が居るとはいえ、銀髪など数える程しかいない。
(・・・居た!)
柳生は走り出した。
(・・・さて。)
仁王はステージ方向を見つつ、携帯をポチポチする。
紫希と丸井への指示出しである。
スクリーンはもう上がった。
スポットも点いた。
後は、司会が少しアナウンスをする筈だ。
その間に片付くか。
それが作戦の肝。
仁王は携帯で口元を隠し、にい、と笑った。