千百合が戻ると、皆まだ談笑しつつも大分食事より話す割合の方が多くなっていた。
とは言いつつまだ皆もう少し食べられるだろうが、ケーキがまだ出ていないのも皆察しているのだろう。(ケーキがない、等という発想はない)(紀伊梨が主催側に居る時点でそれは絶対無いと皆思っている。)
「あ!千百合っちおかえ・・・あり?ゆっきーは?」
「何か、ちょっと一人でやりたいサプライズ的な事あるんだって。一応すぐ戻るって言ってたから、そんなに待たないと思うけど。」
「えw彼奴がサプライズって何をw何目的で何をするつもりなのw」
「ってゆーか、皆揃わないとケーキ出せないじゃんかー!」
「ええい、直ぐに戻ると言ったのだから静かに待たんか!」
(幸村君がサプライズ・・・)
何なんだろう。
まあ、幸村は質の悪い冗談と縁遠いので、そんなに不安は無いが。
なんて気楽に構えながら紫希がお茶を飲んでいると、すぐ隣に居た丸井が徐に口を開いた。
「なあ。」
「はい?」
「お前ってチョコ好き?」
「?はい、好きですよ。」
「そっか。」
「チョコがどうかしましたか?」
「まあまあ、後で後で♪」
「???」
なんて言ってる間に、幸村は本当に直ぐに戻ってきた。
「ごめんね、待たせて。これで今、全員揃った事になるかな?」
「なるなる!よっしゃー!これでケーキが出せるお!出そう出そう!紫希ぴょんお願ーい!」
「ふふっ。はい、ただいま。」
「おい、お前は何故何もせんのだ!」
「いや、無理よ。此奴触ると落とすもん。」
「たるんどる!」
「わざとじゃないもーん!」
冷蔵庫を開ける。冷気と一緒に、出しやすいように一番下に入れて置いたケーキをそろそろと引き出す。
「よい・・・しょ・・・」
「ちょっと待ってwこれやっぱ重いってw頑張りすぎだってw」
「ご、ごめんなさい・・・よい、しょ!」
「「「おお!」」」
何人かは声を出しておお、と感嘆した。
他の者も、声までは出さないものの内心で似たような声を上げた。
総勢11人分のケーキをどうするか考えた末、紫希は丸形のホールを諦めるという結論に辿り着いた。
形はスクエア型にしてしまう。4×3の四角に切ることを想定したショートケーキの上には、一部紀伊梨がやったんだろうなと思われる部分も含め、白いホイップと各種フルーツで綺麗に飾られている。
「すいません、いちごじゃなくて・・・」
「いや、良いよ。いちご高いもん。」
「夏だからなあw予算がちょっとなあw」
「いや、十分だぜ十分!寧ろこれを作れるのが凄いというか・・・」
「綺麗なものですねえ。お上手なのは知っていましたが、これほどとは。」
「味も期待してええんじゃろ?」
「あったり前だろい、何言ってんだよ?」
「やめて下さいやめて下さいやめて下さい・・・!」
「えー、絶対美味しいよ!よっしゃ切ろー!」
「待て。」
「およ?」
「こういうものは、切るより先に祝辞だ。」
「む、確かにそうかもしれんな。」
「祝辞・・・?あ、ハッピーバースデー的な事?」
「誕生日じゃないわ。」
「例えばじゃーん!だからだから、誕生日だったらお誕生日おめでとうっしょー?だから今日はー・・・」
「ほら、お前はこっち来てw」
「じゃあ、俺が代表って事で良いかな?」
「ああ。」
ケーキの前で向かい合う紀伊梨と幸村。
賞状とか渡す?なんて話もあったが、トロフィーも賞状も旗も貰ってるんだから良いでしょという事で却下になったので。
心を込めて、言葉だけを送ろう。
「テニス部の皆、優勝おめでとう!よく頑張りました!」
「うん。応援有難う。」
沸き起こる拍手の中、ビードロズ4人はなんだか急に実感した。
ああ。終わったんだ。
もう今年の夏は、コートまで足を運んで応援することはない。
次はいつだっけ、天気大丈夫かな、気温何度になるかな、観戦席に庇はあるかな、電車は、バスは、昼食は・・・なんて相談しあいながら、5月からずっとやってきた事は、もう終わったのだ。
頑張ったなあ。
皆も。自分も。
「ほんじゃ、」
「ああ、ちょっと待って。ごめんね、もう少しだけ。千百合に春日に棗、ちょっと五十嵐の近くに来てくれるかな。」
「「「「?」」」」
「うん、そう。そんな感じで。じゃあ、少しそこに居てね。」
そう言うと幸村は一瞬部屋から出て、すぐ戻ってきた。
その両腕には。
「あ!お花ー!」
そう、品の良いミニブーケが4つ、幸村に抱えられて納まっていた。
「はい、これは五十嵐に。」
「くれるの!?やたー!」
「これは千百合に。これは春日に。棗もどうぞ。」
「え、え、でも、」
「何これ。何で私らこんなもんーーー」
「ふふっ!いやだなあ、忘れちゃったのかい?
ーーー特別賞受賞、本当におめでとう。素晴らしかったよ。」
ビードロズはテニス部からの拍手に囲まれながら、目をまんまるに見開いた。
いや。特別賞取ったのを忘れてたわけじゃない。それは覚えてたけど。
「おめでとうございます。」
「ああ、よくやったな。」
「お前達の勇姿、しかと見ていたぞ。む?この場合、聞いていたというべきか?」
「おめでと!頑張ったじゃん・・・なあ、聞いてるか?おーい?」
「ああ、いや・・・聞いてるけど・・・」
「ごめんなさい、あの・・・ちょっと、状況に追いつけていなくて・・・」
「なんじゃ、まさか自分達は本当に何も祝われんと思っとったんか?」
「ははは・・・そんなわけないだろ?俺達だって、ちゃんと友達の成果を祝うくらいはするさ。」
「いやまあ、言われればそうなんだけどねwいやあでも、完全にそんな気はなかったから・・・」
「凄いすごーい!ありがとー!紀伊梨ちゃんこんな可愛いブーケ初めてだよー!」
ある意味初めてで当たり前かもしれない。
このブーケ、花に詳しい幸村が手配してくれたものだが、テニス部一同からなので実は出資そのものは全員がちょっとづつ出している。ミニブーケだが、それなりに値は張るのだ。こう見えて。
「喜んで貰えて良かったよ。そうそう、それからもう一つ。」
「え!?まだあるの!?何々!?」
「まあまあ待ってろい・・・よし。これこれ♪」
そう言って丸井が冷蔵庫から取り出したのは、丸井が家に来た時持参していた紙袋である。
中を開けると箱。
そしてさらにその中。
「・・・・・!わああ・・・・!」
「わーーー!凄い凄い、めっちゃきれーだよー!」
「やべえw素人が此処まで出来るもんなのかw」
「え、何だっけこれ。あの、ぐらなんとか。」
「グラサージュです、凄いです、とっても綺麗・・・!」
「へへっ、だろい?」
丸井が持ってきたのは、チョコレートケーキであった。
上にはシンプルに金箔がセンス良くちりばめられているのみだが、顔が映りこむレベルの綺麗なチョコレートに、レベルの高さが伺える。
「あれ?でもこれちっちゃくなーい?」
「これはお前ら用なんだよ。俺達は食わねえの。」
「マジでwこれ4人限定なのw」
「勿論だよ、お祝いなんだから。寧ろ、こっちは食事もケーキも何もかもさせちゃってるんだしね。」
「そうそ。遠慮すんなよ?ほい、ナイフ貸して。」
「すごーい、ブンブンが遠慮するなとか言ってるー!」
「お前マジで俺の事なんだと思ってるわけ?」
言い返しながらもケーキを切る手つきは全く淀みなく、いかに普段ケーキに慣れ親しんでいるかが伺える。
断面を見ると中はムースやジュレの層になっていて、やっぱりただのチョコケーキにはしないんだなあ、なんて何人かは妙な感動を覚えた。
「さて?んじゃついでにもうこっちのも切るか。もう良いよな?」
「良いよー!」
「お前が決める立場なのか?」
「まあまあ・・・実際、もう食べても良いんだろ?」
「うん、挨拶も終わったしね。丸井、頼むよ。」
「OK!」
言うが早いか、飾り付けられているフルーツを実に上手に避けて、丸井はすっすっと切っていく。自分が作ったわけでもないのに、どこを切ればいいか最初からわかっているかのような手際の良さ。
「こういうのは、ああするもんじゃないんか。ほれ、スコップみたいなもんでごそっと。」
「馬鹿、崩れるだろいそんな事したら!もっと丁重に扱え、丁重に。バイキングのティラミスじゃないんだぜ?」
「わ、私のはそこまで慎重に扱って貰わなくても・・・ええとそうじゃなくて、どうしましょう、私がサーブをしますか?」
「あ、助かる助かる!シクヨロ。」
ケーキだとかそういう繊細な事になると、手伝おうという意志だけはあっても、どうも上手く出来る気がしなくて慣れた人に任せがちになるものである。
今の状況は正にそういう感じで、手伝おうかなでも却って邪魔かなと皆考えてる間に、丸井がさっさと切り分けて紫希がさっさと皿に配分していく。
「ん。」
「はい。」
「ほい。」
「はい。」
「はい・・・うおっと、危ね!」
「わ、わ、よい、しょ・・・」
「ふう、サンキュ。」
「いいえ。」
「・・・何かあれねwいや言っていいのかなw」
「ん?にゃに?」
「あれっぽいよねw共同作業w」
「?どういうことだ、実際に共同作業ではないか。」
「そういう意味じゃねえんだよあほか。」
「誰が何だと!」
「あはははは!そうだね、ケーキだから見えるよね。」
「ちょいと言うてみるか。」
「お、おい・・・」
「別に心配せんでええじゃろ、どうせ何も感じんぜよ。丸井。」
「ほい、ん?何?」
「どうじゃ、共同作業は。」
「は?」
そう聞き返してくる顔には何が?としか書かれていなくて、まあ振った仁王としては面白くない。全然面白くない。
「何が?あ、捗ってるか的な事?でも、そんなもたもたしてなくねえ?」
「わ、私手つきとか危ないでしょうか・・・」
「いえ、そうではなくてですね。」
「大丈夫だよ、かなりスムーズにやってくれてるから。遅いなんて思ってないよ。」
「?じゃあ何ーーーああ、もしかして楽しいか的な話?楽しいけど。」
「打っとるのはこっちの筈なのに、こっちにばっかり響いてくるのは何なんじゃろうかの。」
「だから打つのはもうやめようぜ、なあ・・・ほら、そんな事よりケーキを、」
「そーそー!皆揃ったら食べようよ早く早くー!」
「やめておけ、包丁を持った人間を急かすな。」
「まあどっちみちもう終わるけどな・・・おし!おしまい!」
「お疲れ様です。」
「おう、お疲れ。」
「皆フォーク持った?持った?もう良いよね?
頂きまーす!皆おめでとー!」
おめでとう。
口々に言いあいながら食べるケーキは、甘党じゃなくても美味しかった。