Overnight party 2 - 5/6


風呂というのは基本的にリラックスの場である。

常に人を騙そう騙そうとしている仁王とても例外ではなく、風呂の時は普段に比べて多少気が緩みがち。
だから一緒に入るのがじゃんけんの結果幸村と柳という隙が無い面子だったとしても、まあ多少残念な程度で済んだ。

まさか風呂で自分の方がぎょっとするような話をぶっこんでこられるとは思いもよらず。

「幸村・・・ああ済まない、洗顔中か。」
「待って。もう終わるから・・・ふう。ごめん、なんだい?」
「いや。聞こうか聞くまいか迷っていた事があってな。この場には仁王も居るが、まあ今聞いてしまおうかと思ったんだ。」
「ほう?意外に俺は口が固いと思われとるんじゃの。」
「あはは。いや、それは意外でも何でもないよ。仁王は人の秘密を拾うのには熱心だけど、それを広めるのは嫌いだろう?秘密は秘密で居てこそ価値があるものだし、皆が知ってる秘密なんて秘密じゃないから、持ち札にならないしね。」
「・・・ピヨ。」

そのものずばりを言い当てられて、仁王は視線をふいっと逸らした。

「それで?質問っていうのは何かな。」
「ああ。あくまで俺の推測であり、そうなっていない可能性もそれなりに高い、という事を踏まえて聞いて欲しいんだが。」
「うん。」

「幸村。お前は親に、黒崎との交際の解消を勧められたんじゃないか。」

仁王は目を見開いた。

何。
何だって。
千百合との付き合いの解消?

珍しくちょっと混乱する仁王を他所に、幸村は驚いた風もなく、ああ、と小さく言った。
その様子に仁王はますます驚く。

「・・・本当に言われたんか、そんな事を。」
「うん。五十嵐の家に行く直前にね。」
「何がどうなってそんな事になるんじゃ。何ぞあったんか。」
「あったよ。仁王も目の前で見ただろう?」
「・・・?」
「今日の大会後の追川との試合だ。黒崎が狙われただろう、幸村の恋人だからというそれだけの理由で。」
「・・・まあそれはそうかもしれんが。」

そうだった。
どんなに幸村が大人っぽくても、大人じゃないのだ。まだ親の庇護下にある子供。

引いては子供の不始末はまだ親の責任ということになり。そして、今回の事は千百合が幸村の恋人であったばかりに、と言えなくもない。
確かに親としては、みだりに人様の娘に迷惑をかけるくらいならと思うのかもしれない。

いやでも。
確かにそれはそれで筋は通っているけれど、でも。

「それはそれとして、そんな理由で別れろっちゅうのも、心情として無理があるぜよ。」
「ああ。俺もそう思う。だから、もしも推測が当たっていれば手を貸す・・・というより、口添えをするつもりでいたんだが。どうだ。」
「有難う。うん、でも大丈夫だよ。一応、もう説得は済ませてある。」
「ほう。説得できたんか。」
「うん。まあ、説得というより、現状を説明しただけだけれどね。それでも十分説得にはなったから。」
「どういう事じゃ。」
「つまり、別れるって具体的にどういう事か、って事だよ。」

シャワーを浴び終えた幸村が、湯船に入った。

「そもそも、俺は別れたくなくて。」
「そりゃあそうじゃろうの。」
「喧嘩などをしたわけではないからな。」
「だろう?でも、其の上で親が許さないから別れるっていう事になると、自然とじゃあ隠れて付き合い続けるっていう話になるんだ。」
「まあそれも・・・ん?」
「ふふっ。分かっただろう?隠れるも何も、俺と千百合はそもそも学校の外でそれほど恋人らしい時間を過ごしてるわけじゃないんだ。忙しすぎるからね。」

そう。
別れると言っても、実は今の幸村と千百合の「恋人生活」は実は殆どそんなもの無いと言っていい。
大体はいつもこうして皆一緒に遊び、その延長で2人になる事が多い。普通にデートした事なんて、今年に入って何回あっただろうか。ものの数回しかない。

そんな数回のデートを禁じた所で、一体何になろうという話になる。
あまりにもメリットが小さすぎ、デメリットが大きすぎる。徒に当人たちのストレスを大きくするだけだ。

「それに、中学に上がって何でも話せる友達が増えたのも大きいかな。」
「ああ。まあ、こういうのは味方が多いとその分得じゃからな。」

そう、それも理由の一つ。そもそも、親なんて子供が中学生ともなると、学内生活の事に踏み込める領域は大分浅くなる。
しかも、子供の友人達が全員グルという事になると、その領域は更に狭い。
おそらく、本気で付き合っているのを隠そうとしたら完遂出来る。突っ込もうと思っても、突っ込み切れなくなるだろう。

「ただ。」
「ただ?」
「それはそれとして、黒崎の為だと言われれば、お前はそうする可能性があると俺は踏んでいたんだが・・・違うか?」
「ああ、うん。検討はしたよ。」
「っ・・・!」
「仁王?」
「ああ、気にしなさんな。ちょいと泡が目に入っただけじゃき。」

泡が入ったのは本当だが、そもそも入ったのはびっくりして手元が狂ったからである。

嘘だろ。
検討しただと。千百合との別れを。
幸村がどれだけ千百合を思っているかは、普段見ていれば誰でも分かるのにーーーいや。

(この場合はそれが理由になるんか。まあ、人質筆頭候補になるくらいならっちゅうんなら、わからんでも・・・)

「・・・で?検討の結果どうしたんじゃ?」
「ああ、うん。検討はしたんだけど・・・やっぱり、俺は我儘だけど今のままで居たくて。」
「まあそうじゃろうな。」
「ああ。というより、その理屈を通してしまうと、お前の傍に誰も居られない事になってしまう。もし別れを呑むという結論になっていれば、止めるつもりだったんだ。」
「あはは。そうだったんだ、有難う。」

仁王はほう、と小さく言った。

傍に誰も居られない。なるほど。
確かにその理屈で行くと幸村は恋人を作れない。
どころか、恋人が居ないなら次は親友という事になり、ビードロズもテニス部も幸村に近づけなくなっていくと。

自分が人質になるかも、という発想がなかった仁王は成程なあ、なんてちょっと感心した。

いや。
いや、でも。

「・・・無理があるの、どうしても。」
「?何がだい?」
「ああいや、お前さんの事じゃないダニ安心しんしゃい。ただ、自分が人質にされる番が来るかもと思うとな。」
「怖いか?」
「ちいとも。というより現状、人質にするには不向きな人間が多すぎるき。」
「ふふ。そうだな、俺もそう思っていたところだ。」

柳がおかしそうに笑った。

「それこそ、親友でも真田なんぞ絶対に人質にされんタイプじゃろ。」
「そうだな。かかる火の粉を自分で振り払えるだろう。それこそ、人の分までな・・・まあ、そういうわけだ。」
「え?」
「気にしなくて良い、という事だ。黙って人質になっているほど俺達は柔ではないし、ビードロズは自衛は難しいかもしれないが、」
「まあ、誰かしらカバーに入れば十分じゃろ。たった2人じゃ。」
「せめて五十嵐は入れてやれ。女子のアイドル志望なんだ。ある意味では一番大事になるぞ。」
「プリッ。」

「・・・・有難う。」

幸村は微笑を零した。

良かった。
立海に来れて。
皆と友達になれて、本当に良かった。

もう何度思ったかわからない事を、幸村はまた思った。

「それに、ほれ。」
「?」
「心配じゃっちゅうんなら、専属契約を結んだらどうじゃ。気休めにはなるじゃろ。」
「専属・・・?」
「まあ、黒崎ーーー妹の黒崎係はお前じゃ。」
「ああ、そういう事か。」
「なら、春日の係は丸井だな。」
「そりゃあそうじゃろ。」
「・・・ううん・・・・」
「?何じゃ、そこに引っかかるんか?」
「まあね。ちょっと、何でも丸井に押し付けすぎかなって気はしているんだよ。本人に了解の返事も貰っていないし。」
「一も二もなく、はいと言う気もするんじゃが。」
「・・・どうかなあ。」
「珍しいな、お前と意見が違うとは。俺も、丸井が承諾してくれる確率は、少なく見積もっても69.08%は下回らないとーーー」
「でも、それこそ気軽に頼んで良い事でもないしね。ライブの時見たく、その日との時だけっていうわけでもないから。」
「・・・まあそれは正論だが。」
「ここで悩むとはの。俺はそれより、五十嵐の係を誰にするかっちゅう方が悩みどころかと思うとったんじゃが。」
「暫定は棗かな。」
「そこまで向いとるか、彼奴が?」
「というより、現状で適任が居なくて。一番マシなのが棗なんだよ。五十嵐の事を良く知っているからね。」

これは幸村の見立てだが、紀伊梨は現状紀伊梨を見るのに向いている人間が居ないと思っている。
それは、紀伊梨の性格とか相手の性格とかそういう事ではなく。

「やっぱり、やる気というか・・・もっとはっきり言うと、他人に何を言われなくても進んでやってくれるくらいの人でないと、安心できなくて。」
「それもそうじゃの。」
「だろう?でもまあ、それはそれとして忽ち居ないのも事実だしね。どうしようかな。」
「何を言われなくても、進んで五十嵐の盾になる・・・」
「そんなボランティア精神に溢れた奴が居るとは思えんぜよ。」

仁王は何も、紀伊梨が嫌いでこう言ってるわけじゃない。事実としてそうなのだ。
変な言い方になるが、言うなれば守られるにも適性みたいなものはあって、紀伊梨はそれが圧倒的に劣っていると言って良い。
危機管理能力が低く、後先を考えず、行動に予測がつかない。じっとしていない。

「・・・まあ、どっちにしろ居ないなら居ないで仕方がないよ。無理に誰かをあてがって意味がある問題じゃないから。」
「そうだな。それに五十嵐は、今その手の話題にあまり触れたくもないだろう。見ている限り人のそれには普通に対応できているようだが、自分の事となるとな。」

はあ、と3人全員で軽く溜息を吐く声が、幸村家の浴室に響く。