プッ、と軽い音がして鳴海はマイクを切った。
これで音声はもう放送されない。
「ふう・・・」
「・・・大丈夫か?」
「・・・思っていたより、大丈夫じゃないです。」
だろうな。
佐川はそう思ったし、千百合もそう思った。
「・・・止めるのか。」
「・・・・」
鳴海はふるふると首を振った。
大丈夫じゃない。
大丈夫じゃないから、やるしかないのだ。
「・・・行きましょう。確か、こっちの窓・・・に・・・!?」
「?」
「おい、どうし・・・え!?」
「え?・・・ぶ、部長!それに鳴海先輩に、黒崎さん!?え、なんで・・・え!?」
3人が見たのは、閉じ込められた筈の郁の姿だった。
そもそもの話をしよう。
そもそもこの視聴覚室で放送を打った後、「白の塔」を上ってくる幸村を、千百合・鳴海・佐川の3人はゴール地点で待たねばならないわけだ。幸村より先に到達せねばならない。しかし、どうやってゴールまで行くという話になった際、出たのがこのアイディアだった。
視聴覚室の窓と、ゴールを隣接させておく。
窓を開けたら、落っこちる隙間もないほど近い位置にゴールを置いておけば、放送終了後窓を通って、すぐにゴール地点で待ちの姿勢になることができる。
しかし、そうと知らなかったのが一条郁をやっかみで捉えた女子陣である。
彼女らは3階の窓から外を見て出られないことを確かめたが、その時点ではまだSASUKEが設営されていなかった。彼女らからすれば、無いことを確かめたはずの逃げ場が、文化祭の直前に突如出現してしまったのだ。
郁は視聴覚室に閉じ込められたのち、外を確認した際にすぐそこにSASUKEのゴールがあったので、取り敢えずそっちに移ったのである。
降りようにも誰も来ないしスタッフポジションの人間も居ないし。
かといって、自力で降りたら出し物の邪魔になるのではと思うし。
このゴールが前人未踏と呼ばれるほどハードルが高いものだと知らなかった郁は、ちょっと待ってたら誰か参加者が来るだろうと思った。その時に助けてもらえば良いやと思い、待機の姿勢になっていたら、まさかの視聴覚室から知り合いが3人出てくるという展開。
「ど、どうして!?」
「いや、それが・・・と、というか先輩方もどうして・・・」
「いや、いろいろ事情が・・・」
「・・・一応聞きますけど。」
「え?」
「どうするんですか。」
まさか郁を付き合わせないよな。
という眼で千百合は鳴海と佐川を見た。
これは郁を気遣ってのことではない。
逆だ。
郁に居られたら困るのだ。
嫌な予感がする。
百害あるとは言い過ぎかもしれないが、一利もないのは間違いない。
だが、このとき幸運の女神は郁に味方をした。
郁はさっきの放送を聞いていた。
鳴海が「千百合が欲しければ奪いに来い」と幸村に言ったのを聞いていたのだ。
そして、白の塔というのがここであることも、状況からわかる。
つまり、助けが来るのだ。此処に居れば。
いや、もっと正確なことを言おう。
王子様役が来て、ドラマチックに助けに来てくれるかもしれない。
此処に居れば。
そうでなかったとしても、少なくとも助けは来る。郁にとっては、害は無く利だけがある状況。
だから言った。
「・・・嫌だ。」
「「「え?」」」
「戻りたくない・・・僕もここで助けを待ちたい。」
「はああああ!?」
「だ、だって・・・そもそも、僕は閉じ込められたんだぞ!丸井の親衛隊っぽいのに・・・お前生意気なんだよ的なアレで・・・」
ああ、まあ。
3人ともそう思った。
閉じ込められたのは気の毒だが、謂れもないのにとは、とても言ってやれない。
「だ、だから戻ったらまたー--」
「戻ったらまた同じ目に遭うかもってことか・・・」
「え、じゃあお前先に一人で降りろよ。そこにはしごあるじゃん。」
「そ、それは・・・出し物の邪魔になるし・・・」
「どうせ今出し物とかストップしてるじゃん。」
「ど、どうしてそんな下ろしたがるんだよ!良いだろ、一人は怖いんだ!」
千百合の心のアラートがガンガン鳴っている。
まずい。
まずいぞこの流れ。
「・・・鳴海、どうする。」
「佐川・・・先輩。」
「お前が今は主役だからな。お前に決める権利があるよ。」
鳴海は迷った。
すごく迷った。
はっきり言って邪魔ではあるが、それは郁がというよりイレギュラーに対する嫌悪感だ。個人的な恨みはない。
どうする。
どうする。
「・・・・・・・わかった、此処に居て良いよ。」
「なん・・・・!」
「ただし、条件付きでね。」
「・・・条件?」
「私は、やりたいことがあるの。あなたが降りるのは、その後にして。手を出さないで。今すぐ先に助かりたいって言っても、それは聞いてあげられない。」
「それは・・・はい。大丈夫です。」
未だ郁にはわからないことも多いが、とりあえず自分の思うように事態は進んでいる。
それに引き換え、心中穏やかでないのが千百合だ。
(嘘じゃん・・・・)
この状況でこれからの流れは非常にまずいと思う。
でも、もう止められない。
自分はここから先、ことが終わるまで、此処に居る人間以外と会話してはいけないのだ。そういう取り決めをしたから。だから幸村に向かって、助けてとか言っちゃいけないし、他の人間に郁をつまみ出せとか言ってもいけない。
言うと鳴海の思惑から外れてしまう。
だが悲しいことに、千百合の予想は悪い方向へ当たり始めようとしていた。
「・・・よし。」
鳴海が手持ちのマイクのスイッチを入れた。
『・・・・幸村君、居るんでしょ。ほら、人質はこっちだよ。』
辺りに居た皆がこっちを見た。
鳴海を見る。
千百合を見る。
佐川を見る。
そして。