3人は急遽、紫希の家に集まることになった。
紫希の兄は、身内の話だと丸井を追い出しかけた。
が、そもそも急にやってきたのはそっちなのに客を追い出しにかかるなんて、と紫希が言うと、何か言いたそうに押し黙った。
偉そうな兄だけど、妹に頭が上がらない部分もあるらしい。
小さい机に3つお茶が並んで、光景だけはほっとするようだけど、空気は残念ながらそんなあったかいものじゃなかった。
「・・・どうして兄さんが。」
「(クリスマスは家族で過ごすものだろう。)」
「なんて?」
「・・・感謝祭は、家族で過ごすものだと。」
理由になってない。
そんなんではぐらかされるほど、紫希は馬鹿じゃない。
「(単刀直入にーーー)」
「兄さん、日本語で話してください。ここは日本です。」
「・・・・簡単に言おう。紫希、帰ってこい。」
「・・・・!?どうしてですか、卒業まではまだーーー」
「残ってどうする。」
「ですから、私は日本を、」
「もう見ただろう。2年も居れば十分だ。」
「・・・・・・」
黙り込む紫希に、兄とやらはやや優位性を覚えたらしく、口数が増えた。
「悪いとは思ったが、今日の学校跡での話は聞かせてもらっていた。お前が、日本でどうしても追いたい夢があるというのなら、ほんの少し考えてやっても良かったがーーー」
「考えるだけ?」
丸井が口を挟むと、紫希の兄は眼光鋭く丸井を睨みつけた。
ただ残念ながら、職業柄ガラの悪いのには慣れているので、怖くもなんともなかったけど。
「当然だ。紫希は英国人で、日本は他所の国だ。英国に居るのが普通なんだからな。」
「普通ねえ。」
「・・・何が言いたい。」
紫希は、自分のことを普通だなんて思った事、おそらく生きてきて一度も無いだろう。
この兄、おそらくーーーというか高い確率で、異父兄弟なのである。
金髪に碧眼だ。つまり、れっきとした英国人として、英国で受け入れられている。
そこへ行くと、日本人と英国人の特徴を半々で併せ持つ紫希とは、立場が違う。
英国でも余所者で、日本でも余所者。紫希は常々、そう漏らしている。
英国に帰ったら普通だなんて、少なくとも紫希自身は考えていない。
「英国に帰ったら、やりたいことがあるってわけでもないんじゃねえの?」
「日本にもないだろう。」
「どっちにもないんだから、一緒じゃん。居たい方に居させてやれよい。」
「はあ・・・・」
心底呆れたとでも言いたげに、紫希の兄は頭を振った。
「言いたくないが、馬鹿なんじゃないのか。」
「は?」
「兄さん!」
「それこそ言いたくはないが、お前もだぞ紫希。最近の世間のきなくささを知らないのか?欧州なんて、戦火の火種だらけなんだ。何かあっても、おいそれとは帰れない。家族をどうするつもりなんだ。」
「・・・・それは・・・・」
「お前もだ。お前・・・軍人だろう。靴が陸軍のと同じだ。」
そう。
陸軍で支給される革靴より歩きやすい靴が無いから、丸井は普段でも軍靴を履いて生活している。今日もそうだった。
「他人のことに口出しする趣味はないが、お前だってそうだ。軍人なんて、生涯できるような仕事じゃない。どこかで辞めて、新しい生活になるんだ。今が永遠に続くような、子供じみたことを考えるなよ。」
この発言は、丸井に刺さって目をぱちくりさせた。
痛い所を突かれたわけじゃない。
そうじゃなくて、自分の考えにおいて、すごく大事なことを言語化された気がしたのだ。
それゆえに黙りこくった丸井を、紫希は気を悪くしたのだと思った。
「兄さん。丸井さんは大切な友人なんです。私のことはともかく、丸井さんにはーーー」
「言われたくないのなら、早い話がある。お前が一言、今すぐ帰ると言えば、俺はもうそれ以上、誰にも何も言わない。」
「・・・おい。」
今度は丸井が反応する。
何だそれ。その話の持って行き方。
「脅しだろい、それは。俺の事言われたくないんだったら、言う事聞けってことかよ。」
「ああそうだ。はっきり言うが、俺は脅してでも何としてでも、紫希を連れて帰りたいんだ。世界が安定しないこの状態で、異国に一人妹を置き去りにしてる俺や両親の気持ちが、お前にわかるか。」
「・・・・・・」
「わかったとしても、それはそれだ。こっちの家庭の事情なんだから、他人に口を挟まれる謂れはない。汚いと罵るなら罵れ。俺はそれでも良い。紫希を連れて帰る。」
「兄さん・・・・」
「この際だから、一応参考程度に聞いておく。紫希、お前はどうしたい。」
「・・・・・・・」
紫希は目線を彷徨わせた。
日本に居たい。
それは揺るぎない気持ちである。
でも同時に。
未来永劫か、と聞かれたら、そうだと言えないのも本当だった。
そうだ一生此処に居るって決めたんだ、という固い意志があれば、抗うこともできた。
でも、そこまでは言えない。
遠い未来のことは、紫希にはわからない。
それに対し、兄はそうではない。
一生妹を英国に置いておきたいという、固い意志を持ってここに来ている。
だから言い返せない。
紫希の兄も、おそらく内心で、勝ったなと思った。
「明日日本を出る。英国行きの切符ももう買った。」
「「明日!?」」
「学校には後から話を通す。別に、縁を切れとは言わない。文通くらいならいくらでもして良い。」
「どうしてそんな急にーーー」
「本当は、卒業までは待ってやるかとも思っていたんだ。だが、英国にも噂が来てな。」
「噂・・・」
「十手団とか言う、賊の話だ。」
丸井は顔をしかめた。
この話をされると弱い。
別に丸井の責任じゃないが、しょっぴけないのは憲兵の責任ではある。
「犯人は異人かと言われているな。まあ、実際に何人なのかはどうだって良い。問題なのは、今日本で、異人が白い目で見られてるってことだ。俺も、今日だけで何度も憲兵に話を聞かれた。渡航証を見せて、来たばかりなのがわかったら離してもらえたが・・・学生とはいえ、ずっとここに居る紫希はどうだかな。」
「兄さん、私はーーーー」
「お前は気にしてないとか言うかもしれないが、これは気にしてるとかそうじゃないとか、そういう話じゃないんだ。最悪、犯人と間違われて殺されるかも知れないんだぞ。」
2人とも、何も言えなかった。
紫希の兄にそんなつもりはなかったが、これは急所を深く抉った形だった。
別に犯人扱いされたわけじゃなかったが、十手団の被害を受けた経験は確かにある。
犯人に追われて、銃で狙われて、火事に巻き込まれて。
そんなことがあったと知ったら、彼はどう思うだろうか。
紫希も丸井も、そう思った。