立海王国は、数ヶ月前王子を迎え入れ、姫と王子の挙式が執り行われた。
王子、切原赤也。
姫、五十嵐紀伊梨。
今やこの2人は夫婦となったわけだ。
新婚から数ヶ月、世の夫婦ならウキウキの蜜月期である。
ある。
はずなのだが。
「・・・・・・・・くそお!」
「ひゃあっ!」
「あ!す、すんません!つい!」
「い、いえ、大丈夫です・・・」
切原は今、執務室で思わず机を叩いてしまった。
資料を届けにきた、司書の紫希が飛び上がった。
「あの・・・王様、何か気がかりなことでも・・・?」
「・・・・絶対言わないでくださいよ!」
「は、はい!」
「絶対すよ!絶対すよ!絶対すからね!信用して言うんすからね!」
「はい!」
切原ははあ、とため息を吐いた後、小さな声で言った。
「・・・・俺って、愛されてんのかなあ。」
「・・・・え?」
「なんか、つまんないんすよねえ・・・結婚ってこんなもんか?みたいな・・・」
「で、でも。先日挙式を・・・」
「その後っすよ、後!毎日毎日よお・・・」
柳、柳って。
というポソ・・・とした呟きを、紫希の耳はちゃんと拾った。
ああ。
と紫希も内心でため息を吐く。
切原赤也。
彼は、周辺国の小国の王子であった。
王族同士の交流の中で、紀伊梨と恋仲になり、結婚しーーーそういう成り行きでここに来た。
ので。
知らなかったのだ。
紀伊梨がこんなに、臣下にべったりだったなんて。
とりわけ、柳だ。
切原は数字が得意じゃないが、それでもわかる。
紀伊梨が一日の中で切原を呼ぶ回数より、明らかに柳を呼ぶ回数の方が多い。
また、柳が実際有能なのが余計に辛い。
紀伊梨に柳、柳としきりに呼ばれ、業務をそつなくこなし、一日の大半を一緒に過ごして。
どっちが夫だかわかりゃあしない。
俺って何?と切原が思うのも、無理はなかった。
正直、周りで見てても気持ちがわかるレベルである。
紫希も、同情の念を禁じ得ない。
特に今は、婚姻が終わった後で体制が変わった直後なので、切原も紀伊梨も、お互いやることが山積みなのである。
だから、解放される時間になると、2人とももう疲れ果てて、すぐ眠ってしまう。
夫婦の時間などありはしない。
それでも、もう少し経てば色々落ち着いて楽になる。
と、皆自分に言い聞かせて、ここまでやってきたのだが。
「柳くんはその・・・姫にとっては、お父さんみたいなもので、」
「聞き飽きましたよ、それも!」
「う・・・」
「部下に八つ当たりは辞めてください。」
事務官の千百合が、追加の書類を持ってやってきた。
「千百合ちゃん、私大丈夫ですから、」
「甘やかしたらダメって。柳も言ってたじゃん。」
「また柳さんかよ、くそ・・・!」
「あ、あ、あ、あ!あの、ちょっと休憩しましょう!ね!ね!」
「大体、挙式までしといて何言ってんの。」
「挙式なんか一日だけでしょ!あれだけっすよ、夫婦らしいことしたの!あれだけ!」
「大体、柳がいいんだったら、最初から柳が王になってるってば。」
「・・・・・・・聞きましたよ。」
「何が?」
「紀伊梨さんって、最初は柳さんに王になってって頼んでたんでしょ。」
「・・・・・・え、」
「そんで柳さんが、業務はできるけど夫役はやだから、っつって断ったんでしょ。」
「・・・・・ごめん、ちょっと私もそれは知らなくて、」
「良いっすよもう!どっちみち今更、離婚なんかできやしねえんだから!」
「あ!王様どこへ、」
「トイレ!」
バン!と扉を閉める勢いに、千百合さえも眉を顰めた。
「・・・・・ごめん、さっきのは流石に私が悪かった。」
「当分、柳くんの話はしない方が良いですね・・・」
「・・・え、でもマジで柳って王様候補だったの?」
「紀伊梨姫は、しばらく好きな人が居ませんでしたから。選ぶに選べなくて・・・やなぎーがやってよー、みたいな感じで、よく打診してたと・・・」
「ああ、夫婦として、って所無視して頼んでたのか。」
紀伊梨が柳を男として見てないことは、城が長い人間ならよくわかる。
わかるけどーーーそれを切原に分かれというのも酷だし、それはそれとしてムカつくじゃん、と言われたらもう、ぐうの音も出ない。
「でもどうしよ、なんかフォローいるよね。というか、するわ私。今のはまずいもん、大分まずい。」
「う、ううん・・・ですけど、問題の根本って結局そこじゃなくて・・・」
どうしよう。
困り果てる2人だった。
一方、件の紀伊梨はというと、そこまで困っていなかった。
いや、この場合、困ってないのが問題とも言えるが。
「姫。」
「なーにー?」
「俺の執務室で仕事をするのは辞めてくれないか。」
「えー!」
紀伊梨は、柳の執務室で作業していた。
切原はもちろん、これ自体相当気に入らないのである。
しかし。
「1人でやってくれ。」
「寝るもん!赤也くんとやってたら、2人とも仕事にならないーとか言ってさー、一緒にやっちゃダメって言ったのやなぎーでしょー!」
「・・・・はあ。」
流石の柳もため息を吐いた。
そう。
紀伊梨は1人にしておけない。
そして、切原とも一緒にしておけない。
そうすると、必ず業務から気が散るからだ。
だが、柳は、自分が今面倒の火種になっていることも自覚していた。
明らかに煙たがられている。
切原から。
今はなんとかギリギリ耐えているようだけど。
せめて紀伊梨が、もっとあからさまに切原を立ててくれていればやりようもあるのだが。
このお姫様、悪気はないのだが、とにかくその辺のことにとんと理解がない。
今までまともに恋愛したことないのに、適齢期だからと結婚まで進めてしまった弊害が、今ここで出ている。
多分、口で今の状況のまずさを説明しても、何が良くないのかわからないだろう。
一度誰かと相談するか、と思った端から服を引っ張られて、ねーやなぎー!と呼びつけられる。
辛い。
柳は最近増えているため息を、また吐いた。