5周年記念企画:Lovely couple - 6/7


ふと気づくと、そこは真っ暗な闇の中だった。
正面には、切原が立っていた。

呼びかけようとすると、切原は笑顔で隣を見てーーーそこには、紀伊梨の見たことのない美女が佇んでいるのだ。

赤毛。
茶色い瞳。

『姫。俺、エルと結婚するんで!離婚してもらって、良いっすか?』

『姫は、柳さんと結婚したら良いっすよね!元々、そのつもりだったんでしょ?』

『じゃあ俺、国に帰るんで!後のことよろしくお願いしまーす!あ、挙式やり直すなら、呼んでくださいね!俺も呼びますんで!』

やだ。
やだ。
やだ。
やだよ。

追いかけようとすると、紀伊梨の腕を誰かが掴んだ。
幸村だ。
それに、皆もいる。

『どこへ行かれるので?姫。』

「離してよ!私、このままじゃ離婚にーーー」

『離婚?何の話です?』
『お前さんの夫は、あそこの柳じゃろ。』

そこには、玉座に座る柳がいた。
隣には姫のーーー妻の席。

「やだ!やだ!」
『どうしてそのように嫌がるのです?』
「だってーーー」
『今まで、ずーーっと柳と一緒だったじゃないか。』
『朝起きてから、仕事中も夜寝る直前まで、柳にべったりだったろい?』
『良いじゃん。元々切原との時間なんて、ほぼなかったんだし。』
『それでも、あまり困ってらっしゃいませんでしたしね。』

違う。
違う。
違う。

「違うもん・・・!」

そりゃあそうだったけど。
そうだったけど。
でも、柳が夫だと思って過ごすのと、切原が夫だと思って過ごすのは、違うのだ。

確かに柳と一緒に居たけど。
でも、柳が夫だと思ったことは、一度もない。

結婚したのは、好きになったのは切原だったのに。

ああでも。
結婚したから、これでもう大丈夫と思ったから、こうなったのか。

結婚なんて。
片方が嫌になれば、すぐ辞められるようなことなのに。
だから、嫌になられないようにしなくちゃいけなかったのに。

愛想を尽かされるまで、切原のことを考えてやるのを忘れていた。

ごめんね。
ごめんね。
ごめんね。

大好き。






「ーーーーーーー!」

ガバ!と紀伊梨は起きた。
涙がボロボロ出ている。

それにーーー嫌な音がする。

妙に明るい。
これは。

「・・・・・!赤也くん!赤也くん、起きて!起きてよ!」
「えっ!?何、え!?え!?何すか!?」
「火事!火事!」

窓の外を見ると、夜空に不釣り合いな、赤くて明るい光が遠方に見える。

あれは。

「離宮・・・・」
「え?」
「ーーーー!エル、」



「王子!姫!」

柳が、寝室に駆け込んできた。
あの冷静な柳が、血相を変えている。
それだけで、ことの深刻さはわかるというもの。

「やなぎー!ねえねえ、火事だよーーー」

「それどころではない、賊が来ている。」

「・・・はあ!?」
「海賊だ。ここは海が近いから、上陸から攻撃までの時間が短くなってしまう。2人は早くーーー」

「逃げろってか!?」

柳は珍しく、一瞬判断に迷った。
どれだ。
どれが正解だ。

「紀伊梨さん!柳さんと居てくださいよ!」
「赤也くんは!?」
「俺はエルを迎えに行く!」
「王子、」

「もう別荘まで来てるんっしょ!?お付きがいてもだめなんすよ!あいつは、俺が居ねえと!」

それは。
最後通告に聞こえた。

この場面で、妻の紀伊梨を柳に。
自分はーーー別荘に来ている幼馴染の方に行く。

命が危ないここで、切原は彼女を優先したのだ。
その実感は、紀伊梨にすべてを諦めさせた。

「・・・行ってらっしゃい。」
「姫、」
「戻ってきますから!絶対、誰かと居てくださいよ!」
「うん。」

切原は一切振り返らなかった。

「姫。」
「・・・・」
「姫、聞いてくれ。時間がない今、ここで言うことじゃないのかもしれないが、そもそもは俺達がーーー」

柳は言葉を切った。
振り返った紀伊梨は、大粒の涙をポロポロととめどなく溢していた。

「・・・・ぅうええええええん!うあああああん・・・・!」
「・・・姫、」

柳が何か言ってるが、もう何も聞こえない。
耳が、情報をシャットアウトしていた。

もう終わりだ。
命は助かるかもしれないが、結婚はもう終わり。
全部終わりだ。

泣き叫ぶ紀伊梨を柳が宥めていると、足音が聞こえる。

「居たぞ、姫だ!」
「こいつは良い、捕まえれば身代金をたっぷりはずんでもらえるぜ。」

「やなぎ、」
「姫、下がっていてくれ。」
「ねえ!」
「逃げろ、姫!」

紀伊梨は走り出した。

夜だったのが、ある意味では幸いした。
普段のドレスだったら、こんなに走れなかっただろう。
寝巻きの方が、走りやすかった。

「えっと、えっと、えっと!えっとーーー」
「姫、こちらに!」

事務官の柳生に背を押されるように進むと、城の外に出た。そして城壁に沿って少し進んだところに、木の扉があった。

中には、先んじて避難させられた紫希に千百合がいた。

「姫、」
「みんなー!」
「ここに居てください。内部より見つかりにくいでしょう。」
「でも誰か来たら!?」
「そうですね、いずれは誰か来るかもしれません。」
「それじゃーーー」
「大丈夫です。王子が来てくれますから。」

バタン。
と扉が閉まった。

「・・・・・紫希ぴょん?千百合っち、」
「はい、ここに。」
「ごめん、姫。ここ灯りないからさ。」
「うん・・・あれ?この手誰の?」
「私の左手です。」
「こっちは?」
「私の足。」
「え!?手は!?」
「こっち。というかうるさい。」
「うふふ・・・」

こんな時なのに、なんだか明るい気分になってくる。これは、紀伊梨の才能だった。

「・・・2人とも、ごめんね。」
「何が?」
「赤也くん、多分来てくんないから・・・」
「・・・どうしてですか?」

紀伊梨はまた、涙が溢れてきた。

「赤也くん・・・ひっく、エルちゃんのとこ行くって・・・うあああああん・・・・」
「え・・・マジか。」
「姫、大丈夫ですよ。行って帰ってきますから、」
「来ないよ!来ないよ、だって危ないじゃん!戻ってきたら、エルちゃんが危ないじゃん、戻って来ないよ・・・・えええええん・・・・」

紀伊梨は悲しくて苦しくて、どうしようもなかった。
声を出してはいけないとわかってるのに、涙が止まらなかった。

好きな人に選んでもらえないことが、こんなに辛いなんて。
こんな風になってからわかるなんて。

今でも大好きだけど。
もう言えることはないだろう。
その機会は、永遠に失われた。

「・・・・・ねえ、姫。」
「姫・・・確かに、保証はないかもしれませんけど、でもーーー」

そこまで会話が進んだ時だった。

バン!と音がして、扉が開いた。

海賊が松明を持って、こちらを見下ろしていた。

「おおお!あんた、噂のお姫様だな?」
「後は女が2人か。やったぜ、へへへ。」

やった。としか言いようのない状況なのは、わかっていた。
こっちは戦えない女が3人だ。
間違いなく負ける。

「最初は誰から可愛がって欲しい?」
「あんた達ねーーー」

「ちぇええええいっ!」

紀伊梨は、落ちていた石を投げた。
姫は、運動神経がとても良い。
石は相手の右目にクリーンヒットした。

「やったー!」
「姫!」
「やったじゃない!早く下がってーーー」

「てめええ!」

紀伊梨は、あっさり右手を捕えられた。

「痛い痛い痛い!離してよー!」
「てめえ、こっちがおとなしくしてりゃ良い気になりやがって!」
「決めたぜ、最初はお姫様だ。」
「待って!やめて!辞めてください!私が代わりになりますから、」
「すっこんでろ!」
「きゃあ!」
「紫希!」
「紫希ぴょん!ちょっと、何すんのさーーー」
「うるせえ!」
「いたっ!」

腕を強く捻られて、痛くて涙が出てきた。

紀伊梨はこの後何が起こるのか、あまりピンときてないが、何かよくないことなのはわかる。

誰か。
助けて。

「お、おい・・・」
「え?」
「あれーーー」

「おいーーー俺の奥さんに何してんだてめえらあああ!」

扉の前に固まっていた海賊達が、ポーン・・・と集団で宙に舞った。
切原が馬で突っ込んで来たので、跳ね飛ばされたのである。

紀伊梨も一瞬宙に浮いたがーーー落ちる、と思った次の瞬間、紀伊梨は桐原の腕の中に居た。

「はーあ、間に合った!」
「赤也くんーーー」
「へへっ!どうっすか、結構早かったっしょ?ま、エルの足にかかったら、こんなもんっすよ!」
「うん!すごい速いーーーエルの足?」
「?そうっすよ、ここまでエルで来たんすから。」
「・・・・・あり?エルちゃんってーーー」

「おい・・・」

さっき吹っ飛んだ海賊が、ゆらりと立ち上がってきた。

「ああん?」
「てめえ!奇襲に成功したからって、良い気になるなよ!」
「一人で来たからって、何になるってんだ!おい、行くぞーー」

「良い気になってんのはどっちだ!」

切原の怒号に、海賊達は怯んだ。

「てめえら、人の奥さんに手出して、馬のいる場所に火つけて、皆のことびびらせて、寝てるとこ邪魔してーーー覚悟できてんだろうなああああああ!」

馬にーーーエルティアに乗りながら、一人で海賊を蹴散らしていく切原。
その様子を、紀伊梨はぼんやり眺めていた。

まったく状況がわからない。
わからないけど。

「助かったー・・・姫、平気?」
「え?うん・・・」
「来てくれましたね。」
「え?」
「王子、ちゃんと来てくれましたね。ね?」
「・・・・うん。」

切原は来てくれた。
戻ってきて、助けてくれて、笑いかけてくれて、そしてーーー自分を奥さん、と呼んでくれた。
再び泣き出した紀伊梨に、やっぱり何かされてたのかと誤解した切原がさらに海賊を締め上げたのはいうまでもない。