「あーたまーをくーものうーえにーだーしー♪」
千百合と打って変わって、テンション高く上り進んでいく紀伊梨。
千百合は暑いと思っているわけだが、紀伊梨的には山の中の方が陰っているので涼しい!やった!くらいのものである。
「紀伊梨凄いね・・・」
「え?何が?」
「しんどくないの?」
「???」
「いや、良いわ・・・」
紀伊梨はさっきから何気なくやっているが、歌い続けながら登山するってスタミナお化けのやる事である。
普通に登ってるだけでも女子はふうふう言ってる生徒が珍しくないのに、テンションも相まって息1つ乱さず紀伊梨は上り続けているのだった。
「わ、私ちょっと・・・ちょっと・・・」
「だよね・・・ね、紀伊梨!私と聡子、しんどいからちょっとペース落とすわ!先に行っといてくんない?」
「うお?そお?もっとゆっくり歩く?」
「いや、私ら多分その内止まっちゃうと思うし・・・」
「あの、というか・・・はあ、私と井谷ちゃんも、多分何処かで離れちゃうから・・・」
「ああそうね、聡子は一番辛いと思う・・・」
「だいじょーぶ、さっちゃん?」
「多分・・・ううん、登りきる所までは出来ると思うけど・・・」
紀伊梨は井谷と青羽とずっと一緒に上り続けてきたのだが、如何せんこの3人はクラスが同じだから仲良くなった者同士。
部活は違うし基礎体力が違うので、段々ばらけざるを得ないのである。
応援部の井谷も少々しんどさを感じているが、もっと辛いのは手芸部の青羽である。
バンドをやってる紀伊梨が運動部である井谷をスタミナで上回っているのが不思議な所ではあるが。
いずれにしても紀伊梨としては余裕があるし友達が居た方が楽しいのでなるべく一緒に居たいのだが、井谷達としては付き合わせるのも申し訳ない。それに一緒に居て貰っても紀伊梨みたくがっつりお喋りしながらは登れないし、多分今1人と2人にばらけても最終的には1人づつになってしまう事も予想がつくので先行して欲しいのだ。
「聡子もこう言ってるしさ。紀伊梨、先に上っててよ。」
「うー・・・そお?じゃー紀伊梨ちゃん本当に行っちゃって良い?」
「うん・・・またホテルでね、五十嵐ちゃん。」
「・・・分かった!なるべくゆっくり行くかんね!」
「うん、ありがと・・・」
そう言って紀伊梨を送り出した井谷と青羽は、とてもゆっくりとは思えない軽快なペースでさくさくと登って行く友人の後ろ姿に感嘆の溜息を吐いた。
「五十嵐ちゃんって凄い・・・」
「ねー・・・・」
「かーすみーのーすーそーをー♪とーおくーひーくー♪」
1人で上ると喋る相手も居ないので、ますます歌が止まらない紀伊梨。
えええ、彼奴はなんで歌いながら登れるの・・・という周りの目も一向に気づかない。
「ふーじーは♪にーーっぽーんーいーちーのー山ー♪」
「元気な奴だわw」
「此処は富士ではないがな。」
「あー!なっちん!やなぎー!」
後ろを振り返ると、柳と棗が揃って紀伊梨の数m後ろを上っている所だった。
「お前、あんまり場違いな歌歌うなよw」
「ばちがい?ってなーに?」
「状況や雰囲気に相応しくないという意味だ。」
「えー!なら場違いじゃないじゃーん!山に来てるんだから、山の歌歌ってるだけだもんね!」
「富士山の歌を富士山じゃない山で歌ってて良いのかよって話だよw山の神様に怒られるぞw」
「えー!山の神様ってそんな事で怒んないって!ねー、やなぎー!」
「怒る根拠は一応ある。」
「え?」
「山の神というのは、諸説あるが一般的には嫉妬深い女の神とされている。その為同じ女には厳しい事をする時もあるし、他所の山を褒めるような真似をしたとして怒る事もあるかもしれない。」
「えー!何それー!女の子なら女の子に優しくしよーよー!」
基本オカルト的な物を信じるスタンスの紀伊梨は、思わず辺りを見回してしまう。
こうしてる間にも山の神様はどこかでみているのだろうか。自分に向かって怒ってるのだろうか。
柳の上着の裾を掴んできょろきょろしだす紀伊梨の隣で、棗はちょっと引き攣り顔である。
「初めて聞いたけど、何だそれ生々しいわ・・・女の敵は女を地で行ってんのかw」
「更に言うと、その中でも特に美女には当たりが強いという見方もあるな。山の神は醜女だという説がある所では、山の女神がより醜い物を好むという理由からオコゼを供える事もあるそうだ。」
「止めてくれ、怖いだろwおい紀伊梨気を付けろよw」
「おおおお!何々!?今何か怖い話したの!?しこめとかおこぜとか良く分かんなかったけど!」
身の周りで容姿のみを純粋に評価するならぶっちぎりで美少女の紀伊梨だけに、今の話は結構当て嵌まるポイントが多い。
別に棗も基本お化けだ魔法だという話は信じてないが、だからといって神様に向かって進んで無礼を働いたりタブーを犯したりはしたくないし。
「まあ、今言ったのは単なる知識の話だ。悪意が無いものをいちいち目くじら立てる程神も暇じゃないだろうから、普通にしていろ。こういう事はあまり気にし過ぎると却って良くない。」
「そんな事言ったってー!」
「なあw聞かなかった事にはもう出来ないよなw」
その気持ちもわかるが、柳としてはもうちょっと紀伊梨に普通に歩いて欲しい。
さっきから段々怖がり出して、いまや後ろから柳の上着に半分顔を突っ込んで歩いているのだ。
「・・・俺のデイパックを開けてみろ。」
「ほえ?」
「メインの所じゃない。一番外側のポケットの中の、右側にあるメッシュの内ポケットだ。」
「お?外側の?内側の?あえ?」
「俺が開けてやるからwえーと、外ポケットの右内側にあるメッシュの・・・お。」
そこには、綺麗な朱色に輝くお守りが1つ入っていた。
「これ?」
「それだ。五十嵐、持っていろ。」
「うえ?でもやなぎーは?」
「俺は何も非のあるような事はしていないから、怒りも買わないだろう。」
「・・・ほんとーに良いの?」
「ああ。ただし、失くさない様に服のポケットじゃなくお前の鞄のどこかに入れておいてくれ。」
紀伊梨はこういう時とてもよく顔に出る。
不安そうな表情から一転、パアアと輝くような笑顔になるのだ。
「うん!ありがとー!絶対失くさないかんね!やったー!」
「おい待て、俺に貸せwそして動くなw入れてやるからw」
「あ!右のポッケに入れてー!其処は今なにも入ってない筈!です!」
「どれ・・・って嘘吐くなよwミルキー入ってんじゃねえかw」
「お!そーだったー!忘れてたー!やなぎーにあげるお!どぞどぞ!」
「遠慮しておく。」
うっきうきになって急にスキップなんて始める紀伊梨。それを横目に、棗がこそっと聞いた。
「・・・良いの?」
「何がだ。」
「いや、お前のお守りでしょwそれにぶっちゃけ気休めじゃないかw彼奴は単純だから効いてるけどw」
「先も言ったが、俺に非は無い。それにこういう事は単純で良い。何より大事なのは実効性じゃなく、本人がどれだけ気が楽になるかだ。」
この手の話題に於いて気の持ちようと言う奴がいかに大事か柳はわかっていた。
紀伊梨みたくあおりに弱い人間ほどそれが難しい事も。反面、安心させるのも単純故に結構簡単なので助かる。
「お前は面倒見が良いよなあw紫希や幸村とは違う方向でw」
「見ざるを得ないから見ているような所もある。お前もそうだろう?」
「違いないけどw」
「なっちーん!やなぎー!早く早くー!」
「早くじゃねえわw」
「悪い事は言わない、ペースは同じにしておけ。後でばてる事になる。」
「えー?」