Wet lips 1 - 7/8


「ううん・・・」

どうしたもんかなあ。
水しぶきが上がるバシャバシャ音を聞きつつ、柳生は苦笑して考えていた。

「よっ。」
「ああ、丸井君ですか。すみません、今手を離せませんで。」
「おう良いよ、見てわかるし。」

丸井はさっきまで見てやってたお子様がある程度出来るようになり、何か手伝いはあるかと柳生の方にやってきた。

今柳生はプールの中で、動かないで肘を曲げた状態で手を前に差し出している。
紫希はそこに手をかける要領でクロールの・・・というか、息継ぎの練習をしている。

ぶっちゃけクロール出来ない人間というのは、厳密にいうとほぼ「クロール」ではなく「息継ぎ」が出来ないのである。クロールの手の動き足の動きというのは、普通レベルに進めれば良いくらいの気楽さだったら、見よう見まねで直ぐ出来る。

だから柳生は、取りあえず細かいフォームから行くより息継ぎの感覚を植えつけるところからと思ったのだが。

「・・・・・!・・・・・・!」
「難航してんな。」
「ええ・・・やる気はありますし素直なので、出来ない方が不思議なくらいなんですが。」
「一度足着かせてやったら?」
「それはやってみました。それなら出来るんですが、いざ泳ぐ姿勢になりますとなかなか。」
「ふうん。ま、感覚だからなこういうのって。」

出来る人には出来ない人の感覚がわからない。
水泳や自転車などの類のものは、そういうものである。

一向に顔面が水から上がらない紫希を見ながら、2人はつくづくそう思う。

「・・・・・、ぷはっ!」

とうとう紫希が足を着いて立った。
これでかれこれ5回目。

「はあっ、はっ、はあ、はあ、けほ、はあ・・・」
「大丈夫ですか?」
「はあ、はあ、はい・・・えほっ!」

(そんな大したことしてねえのになー。)

なんだかまるでもう何mも泳いでやっと息ついた人みたいな様子だが、1mも進んでないしただ息継ぎの練習してただけなんだけど。
こういうところは、上手い下手もあるけどスタミナ不足も大きい気がする。

「大丈夫か?」
「はい、ふう、ふう・・・」
「どうですか?感覚的には、何か掴めましたでしょうか?」
「いえ・・・すみません。」

まあそうだろうね。
掴めてる人間の動きが全然出来てないしね。

と言ってる時、丸井の水に濡れた背中をピシ!ピシ!と叩く小さい手の感触。

「ん?」

振り返ると同い年くらいのお子様が2人。
男の子と女の子。

「ほら!」
「わかってるもん、お兄ちゃん黙ってて!あのう・・・私、水に浮かぶの出来ないの。教えてください、先生。」
「ああ!良いよな?」
「大丈夫です、けほ。」
「ええ、全く問題はないので。こちらは気にせず、どうぞ見てあげてください。」
「おう。おし、じゃあやるか!」

女の子・・・兄弟の妹らしき子はそれは嬉しそうに笑った。




「・・・・・ぷは!ううん、浮けない・・・」

そりゃそうだろい。
と言いたいのを苦笑しながら堪える丸井。

「あのな?」
「うん。」
「まず、足を底から離さねえとさ。人間って浮かばねえんだよ。」
「えー!そんなことないよ、多分浮かべるもん。こうしてさ、この時にお腹がぐぷーってなって、それでぷかーって。」
「夢のある話だしそうなったら楽なんだけど、それは出来ねえの。」
「・・・先生、由美の言ってる意味わかるの?」
「ん?おう、なんとなく。」

兄は妹の言ってる意味がわからない。
お腹がぐぷーとか言われても「?」だから意味不明とか言ってしょっちゅう喧嘩になる。

「お兄ちゃんあっち行ってよ!」
「やだよー!」
「喧嘩すんなってば。別に居ても良いじゃん?」
「お兄ちゃん下手くそ下手くそって馬鹿にするんだもん!」
「だって下手くそだろ!かっこわる!」
「あっち行って!」
「はいはい。」

この程度の事では丸井は狼狽えない。
もう慣れたもんだ、兄弟同士の喧嘩なんて。

「取りあえず、お前は居るんだったら下手くそとか言うのは無し。」
「だって下手くそじゃん!」
「そういう問題じゃなくて、人に向かって下手くそって言ったところで上手にはならねえの。」
「・・・・」
「お前はなにくそって思うタイプなのかもしれないけど、そうじゃない奴も居るんだよ。」
「でもかっこ悪いじゃん・・・」
「かっこ悪くない。」

この兄、年のころは小学校低学年くらいだろうか。
大体この位の年からだ、出来ない出来るで人を判別するようになるのは。

「でも・・・」
「お前泳げないのかっこ悪いと思うの?」
「・・・思う。」
「俺は全然思わねえけど。」
「えーだって・・・あっちのお姉ちゃんとか。」
「とか?」
「俺より大きいのに全然出来てないし。」
「だから?」
「・・・かっこ悪いじゃん。」

「俺はあっちのお姉ちゃんの事、すげえかっこいいお姉ちゃんだと思ってるぜ。」

出来ないことよりやらない事の方が何倍も楽でかっこ悪い事を、小さい子供という奴は知らない。
分からないのだ、その発想がないから。小さい子供に「やらない」なんて選択肢はない。

でもだからってそれをそのまま放置しておくのもよろしくないから、丸井はこうやって思考の幅を広げてやる。

「さ、やるか!次は足離そうな?」
「でも、」
「お腹はさ、俺が下から持ってぐぷーってやってやるから。」
「本当?」
「本当、本当。それで何回かやって上手くいったら一瞬手を離して、平気だったら段々手離す時間長くしてやるからな。」
「はーい!」
「そこまでしなくてもさー!」
「もー、お兄ちゃん!」
「まあまあ、お兄ちゃんの気持ちも汲んでやれよい。」
「えー?」
「寂しいんだよ、お前が泳げないと。一緒に遊べなくてさ。」

多分そうなんだろう。
だからさっさと出来るようになって貰わなきゃ困るんだよ!なんて一方的な兄心でけしかけているわけだ、兄的には。逆効果だけど。

「えー、でもさー!」
「だって此奴が・・・」
「よしよし、喧嘩は家でも出来るだろい?後でな後で。ほら先ずは足着いといて、せーの!」