「はい、せーの。」
「は~・・・ぷっ!」
「はい、頑張れ。」
気の抜けた声で、見知らぬ子供の潜る練習の補助をする千百合。
もうこの「やる気ありません」な態度を見て自分を避けてくれないかなーとかさっきから思いつつ、当てがあっさり外れつつ。
「・・・ぷは!やっぱ無理~!みさきちゃん怖い!」
「じわじわいかないでがばっと行きなよ。プールの底に手付くつもりでさ。そんなゆっくり沈んで行っても息続かないでしょ。」
「溺れるもん!」
「溺れねえわ。」
さっきから延々この調子である。
大丈夫だからいけって、すぐ立てば良いってと言ってるのに、一向に言うことを聞きやがらない6歳児(推定)。
「おうおう、難航しとるの。」
その声に顔を上げると、隣のレーン(今無人)から浮きに肘を軽く預けてこっちを見ている銀髪。
それを見て即手水鉄砲を放つと、あっさり掌で受けられた。ムカつく。
「あの人誰ー?」
「あれ?あれは先生。」
「誰が先生じゃ。」
「あの先生ねー、悪い先生なんだよ。もうマジで、毎日サボりまくりだから。」
「えー!いーけないんだ、いけないんだー!」
「綺麗な無視ぶりじゃな。」
子供は天然だが、千百合はわざとである。
「先生もこっち来て泳ごうよー。」
「おう、泳いどるぜよ。」
「まあそう言わずこっちでさ。次世代を担う子供たちと戯れない。」
「言葉のチョイスが流石になっちんにそっくりじゃな、断る。」
「おし、許す。あの先生の水着取ってやりな。」
「そういうブラフは効かんぜよ。そこのちっこいのが潜れもせんのは確認済みじゃき。」
その言葉に子ども自身はムッとして一気に水着奪取する気になるのだが、やっぱり泳げない6歳児なんて仁王はその気になればあっという間に撒けてしまう。
これは正論。
「ほんじゃまあ、俺は普通に泳ぎに戻るきに。引き続き頑張ーーー」
「わっ!」
濡れた手で両肩をはしと捕まれ、反射的に揺れる体。
こわごわ振り返ると、にーっこり笑った神の子がおかしそうに声を立てている。
「あはは!捕まえたよ、先生。駄目じゃないかサボっちゃ。」
「・・・・お前さん、」
「うん?ああ、心配しなくても俺は別に水着取ったりしないよ。」
「そうじゃのうて。」
こう言っちゃなんだけど、自分は普通に寝てても人の気配がしたら覚醒する程度には敏感なのである。
幾ら今水に浸かってて普段より周りが煩くても、背中取られる程鈍くはない筈なのだが。
(忍者か何かか此奴・・・)
「ナイス。」
「ふふ、有難う。」
「連携か、息ピッタリじゃな。流石に夫婦は違ーーーおい、危ないじゃろ。」
「ちっ、外した。」
「先生、今目狙ったの?」
「そう。」
「良いの?」
「悪い奴には良いの。」(※ダメです)
凄くしぶしぶと言った様子でこっちのレーンに入ってくる仁王を見て、千百合は遠慮なくざまあと思った。まあ、今はこうでも多分その内しれーっと抜けて鑑賞に回るだろうけど。
「さてこっちは続きするか。えー、何だっけ。ああそうだ、足離しなっていう・・・」
「ねえ先生。」
「何?」
「先生ってあっちの先生と夫婦なの?」
「違う。」
即答する千百合。
いや、これは嘘じゃないよ。
だって夫婦じゃないし。
「違うの?」
「違う。」
「じゃあ恋人なの?」
「・・・・・」
うん。
というのが恥ずかしくて躊躇われる。
だってもう見えるもん、この後の展開。うんって言ったら最後、わあそうなんだすごーいきゃあきゃあって囃し立てられるんだろ。
というか最近何かこう、ませたお子様多くないだろうか。
また、ませてる癖に微妙にお子様で読解力が育ってないから、さっきの夫婦発言で付き合ってるのを察してくれるほどの気遣いとか知能とかそういうのもないし。
「そっかー・・・」
「・・・?」
「片思いなんだね?」
「・・・・・・」
違うんですねー。
そうじゃないんですねー。
黙ってたら黙ってたで何だか誤解されてしまったが。
(・・・まあ恋人だってはしゃがれるより良いかなあ。)
「頑張って?みさきちゃん応援してるね?」
「はあ・・・どうも。」
何だか訂正する気も失せて、千百合は生返事をした。
「まああんたは人の応援より先に自分の素潜りの練習だけどね。」
「う・・・はーい!」