Prudence - 2/5


「終わったー・・・」

ドッと溜息を吐く可憐。

説明会が終わり、マネージャー候補もとい新マネージャー達の面々は出て行った。
部屋に残っているのは可憐と茉奈花だけだ。

「ふふふ。疲れちゃった?」
「疲れちゃったっていうか聞いてなかったよ色々と!?副リーダーの事とか!」
「だって言うと可憐ちゃん引っ込んじゃうじゃない?」
「うっ・・・」

読まれている。

「でも、私出来るかどうか・・・」
「やだ、出来るわよ!だって可憐ちゃんが資料を纏めてくれたんだもの。これだけ調べてくれたんだから、知識は可憐ちゃんが思ってるよりずっとずっと身についてるわ。




後は・・・」




















「ふっ・・・そら、まあ、なんちゅうか、くくっ・・・!」
「忍足君・・・?」
「あのな、ちゃうねん・・・ふっ、」
「笑ってるよね!?」

茉奈花は可憐を励ましてくれた。
自覚するよりもずっと詳しくなっている、自信を持てと言ってくれた。
可憐は嬉しかった。




後は実践するだけよ!と付け加えられるまでは。




「その実践が苦手やのになあ。」
「茉奈花ちゃんは元気づけてくれてるんだけどね?分かってるんだけど、ちょっと遠い目になっちゃったっていうか。」
「目に浮かぶわ。」

そして浮かんだら又笑いが込み上げるのである。

「まあ、何かあったら直ぐ言いな。ドジ云々はさて置いといても、慣れへん内は何かと大変やろ。」
「う、ううん!私達は、選手のサポート役なんだもんっ!サポート役がサポートされるなんて、そんな事は!」

(気持ちは分かるねんけどなあ)

可憐の言う事は正論だが、実際なかなか難しかろうと思う。
特に可憐にとっては。




「集合ー!」




「あっ!忍足君、呼ばれてるよ!」
「おん、行くわ。可憐ちゃんも、あんまり無理せんとき。」
「うん!有難う!」

休憩が終わって忍足が呼ばれると同時に、可憐も束の間の休息を終えて駆けて行った。

今日から2、3日はあのマニュアルが実践で通るかどうかの試運転の様な期間になるが、まああの跡部がGOを出している時点で9割形ちゃんと回るだろう。

果たして本格始動し出した時、可憐はやっていけるのだろうか。

(・・・って、心配なんはほんまやねんけどなあ。)

それなのに、いざ本人を見ていると。






「あ!可憐、ごめん。ちょっとここ教えて!」
「はいっ!何かな?」
「あのね、ここの書き方なんだけど、こういう場合は・・・」
「あああ!あのね、此処は・・・痛いっ!?」
「可憐!?え、何!?どうしたの!?」
「な、なんでもない!なんでもないよ!」






(あかん、笑てまう)

今可憐は自分で自分の爪先を踏んでこけそうになっていた。

どうしてこう、いちいちコント染みているのだろうかあの子は。
おかげで目が離せなくて仕方ない。




「ぷはっ!馬っ鹿でー、彼奴!」




顎の下から声が。

「・・・なんや、お前か。」
「むっ。なんやとはなんだよ!」

赤い髪。低い背丈。おかっぱ。

忍足は向日の事はすぐ覚えた。
入学式の日、宍戸と2人で跡部と試合をしていたのを見て、良い選手だと思った。
身が軽く、すばしっこく、そして何より負けん気が良い。
負けず嫌いであるという事は、跡部の元でレギュラーを勝ち取る上で大きな要素であると
忍足は踏んでいた。

反面、子供っぽく煽りに弱い所がある。
その事も忍足は早々に分かった。

「あんまり人の事笑うもんちゃうで。」
「えっ、お前がそれ言うの!?マジ!?」
「・・・・・」

皮肉でも嫌味でもなく、其処まで素でびっくりされると忍足としてはリアクションに困る。

「俺は別に馬鹿にして笑ってるわけやあらへんよ?」
「俺だって別に指差して笑いたいわけじゃねえよ。でもおかしくね?俺自分で自分の足踏む奴なんか久しぶりに見たぜ!」

遠慮なくカカカと笑う向日の顔はあくまで無邪気だ。
成程、別に苛めたいわけじゃないと言うのは本当らしい。

でも、だ。

「・・・それでも笑たらあかん。」
「だからお前だって笑ってただろ!」
「俺はええねん。」
「はあっ!?」

頭から「?」を飛ばしながら、わけが分かりませんけど、と書いてある目つきで忍足を見上げる向日。








「おい忍足!次はお前だ、コートに入れ。」








「はいな。」
「あ・・・」

向日になんの説明をする事もなく、忍足は呼ばれて試合に出向いてしまった。

ただ、反射的に呼びとめようとしたものの、明快な答えを返してくれそうかと言われるとそうでもない。

「・・・変な奴。」
「誰がだ?」

すごく聞きなれた声がした。
振り向かなくったって、そこに居るのが宍戸亮だと分かる。

「ほら、彼奴彼奴。忍足だよ。」
「ああ・・・」

向日に宍戸、それから芥川慈郎は幼馴染である。
だからお互いの事は良くも悪くも充分知っているが、他の人間の事となるとそうはいかない。

まあ、跡部はその中でも例外と言えなくもない。
あの王様はどんな時も自分のアピールに余念がないので、
入学してから少ししか経っていなくても、跡部景吾という男の人となりが分からない奴等居まい。

そして逆側の例外が忍足侑士だった。

会話は普通に出来るのだがどこかどうも性格が掴みづらく、当たり障りのない事しか言わず、おまけに京都から越してきた所為で誰も入学前の忍足を知らないときた。

向日は氷帝学園の中でも屈指の人懐っこさを持っているが、だからこそ分かる忍足侑士という男の不明瞭さ。
何考えているのかさっぱりわからない。

「彼奴はいつもそうだろ?悪い奴じゃなさそうだけど、自分の考えとか滅多に話さねえじゃねえか。」
「まあなー。さっきは珍しく話したと思ったらてんで良く分かんねえ事言うし。」
「良く分かんねえ事?」
「あっちのマネージャーがな?」




向日の指差した先では、可憐がシャープペンで筆記しようとして・・・そして間違ってノック式の消しゴムを出してしまっていた。

「桐生さん、消えてる!」
「ああああ!」




「ぷっ・・・はははは!」
「おい、岳人!」
「大丈夫だって、本人の前で笑ったりしねえから。」
「ったく。本人は一生懸命やってんだぞ?そんな奴を笑うとか、激ダサだぜ。」
「分かってるって!さっき忍足にも言われたしな。」
「忍足に?」
「そっ。彼奴がさっき自分で自分の足踏んでた時に笑ってたら、笑たらあかんよーだと。」
「へえ!なんだ、良い奴じゃねえか。」
「それだよ!俺も結構こういうとこ真面目なのなーとか思ったんだけど、彼奴も笑ってるんだよ。」
「は?」
「おかしいだろ?お前も笑ってんだろって言ったら、今度は「俺はええねん」とか言いやがるし。」

(・・・って、あれ?もしかして彼奴、ただの我儘なんじゃねえ?)

言いながら向日はなんだかそんな気がしてきた。

そもそもの口数が少ないし暴走もしないから、分からないながらにクールで真面目系キャラなのかと思っていたが、もしかしたらそれも勝手なイメージなのかもしれない。

と、早くも此処まで考えられる辺り、向日はやはり人と馴染む能力が高いと言える。
忍足がああ見えて結構なボケキャラである事を既に察し出しているのだ。

(うん?待てよ、俺はええねんって事は、つまり俺以外の奴は笑ったらダメって事で、そんで笑ってんのはあのマネージャーで・・・)

「・・・なあ、岳人。それはひょっとしてアレじゃねえのか。」
「あ、お前も思った?俺も今そうかなーと。」

もしかしてこれは。

「やっぱり、苛めだよな!」
「ええええええ!?」

まさかの返答。
これにはお互いを知り尽くした幼馴染もびっくり。

「待て待て待て待て!なんでそうなるんだよ!おかしいだろ!」
「なんでだ!?っつーか、逆に他にあるか?」
「あるって!むしろそっちが優先だ!」
「なんだよ!?」
「恋だよ!」

普通苛めとかより真っ先にこっちが浮かぶのではないだろうか。
俺が普通じゃないのか?いや普通だよな?と向日はうっかり自分を疑いそうになる。

「・・・恋。」
「おう!忍足はあのマネージャーが好きなわけだ。だから自分以外の奴がドジを笑ってるのを見ると、それは止めろ!って止めたくなるわけだな。」

成程、確かに筋は通っている。

「・・・でもそれは無理がねえか?」
「なんでだよ!」
「だって俺達、入学してまだ1週間かそこいらじゃねえか。それなのにもう好きだのなんだの、そういう話になるか?まして忍足だぜ?」
「うぐ・・・」

確かに其処を突かれると弱い。

忍足について知っている事は少ないが、少なくともプレイボーイだったりテンションやノリで人を好きになったり、そういうタイプではないように思える。
そう言う意味では、宍戸の反論は、それはそれとして納得のいくものではあった。

「えー、でもそれなら苛めもそうなんじゃねえか?なんで1週間で早くも苛めなんか始まるんだよ。」
「苛めに理由なんかねえもんだろ?俺にはそんな激ダサな事する奴の気がしれねえけど、実際する奴は居るじゃねえか。」
「うーん・・・」

そう言われるとそんな気がしてくる。

「良し。」
「ん?」
「今日の帰りにでも聞くか。」
「誰に何を!?」

向日は偶に宍戸についていけなくなる。

「そりゃあ、あのマネージャーだ。苛められてないかどうかだけ、確認しとこうぜ。」
「えー・・・まあ、恋の方だったら放っておけば良いから、良いのか?」
「おう。忍足が誰を好きでもそれは勝手だけど、もしも本当に苛めだったら少しでも早くなんとかしてやるべきだ。そうだろ?」
「まあな。」

違ったら違ったで良い。
念の為、一応。

「じゃあ、部活終わったらな。」
「ちょっと待て俺も!?」
「え?なんだ来ねえのか?」
「いや、来ないっていうかなんていうか・・・」
「・・・っつーか、正直岳人が来ないんじゃやりにくいぞ。俺あんまり女子の相手は得意じゃねえし。」
「あー。」

宍戸は根の優しい男である。

その事を向日は良く知っているが、同時にその優しさは知られづらい事も知っている。

中身は真面目で優しくても、口調は少々乱暴だし目つきや表情もなかなか穏やかとは言い難い。
愛想笑いもしないし、結構大声出すし、気に入らない時は気に入らないと実にハッキリ言うし。

良くも悪くも男らしいので、一定数の女子は宍戸を敬遠する傾向があるのは、向日も知っていた。

ここで向日が嫌だ付き合わないと言えば、得意じゃないと言いつつ気になって、1人で彼女の元へ行くのであろう事も。
知ってる。そういう奴だ。

「・・・しょーがねーなあ、其処まで言うんならついて行ってやるよ!」
「忘れて帰るなよ?」
「帰らねえよ!」