「それでねっ、その時は茉奈花ちゃんと一緒にエクレア買いに行ってくれてて、」
「へー!彼奴良い奴なんだな!」
「ああ。正直意外だぜ。」
可憐は帰る道すがら、入学式からマニュアルの迄の事を交えつつ、如何に忍足が優しく頼りになる人間であるかを嬉々として語っていた。
「2人とも、あんまり忍足君とお喋りしないの?」
「なんつーか、何喋って良いか分かんなくてよー。」
「そもそも、俺たちとはタイプが違うしな。本とか好きだし、頭もいいし、騒がしく無いし大人びてるし。」
「そっかあ。うーん・・・」
「いやでも、悪い奴じゃないってのは分かったからな!それなら、なんだかんだその内仲良くなれるから、大丈夫だって!」
「そう?」
「ああ!な、亮。」
「おう!サンキューな、色々教えてくれて。」
(・・・うーん。)
「あ、俺家こっちなんだ。」
丁字路に差し掛かった所で、宍戸が別れた。
「そうなのっ?」
「ああ。」
「暗いから気をつけてね!」
「ぷっ!」
「あのなあ!お前こそ岳人にちゃんと送って貰えよ?」
「ええっ!?でも悪いよ、」
「バーカ、送ってくって。」
「元々俺たちが引き止めたんだしな。」
そう、苛めを疑って。
まあ杞憂だった事が分かって良かった。
「じゃあな!」
「おー!」
「また明日ねっ!」
商店街の方に消えていく宍戸。
可憐と向日はそれを見送って、反対方向の駅の方に足を向けた。
「・・・宍戸君って、真面目な人なんだね!」
「おっ!なかなかやるなお前。」
「?」
「彼奴が真面目な性格だって知ってる女子は少ねーんだぜ?」
「そうなの?」
「色々荒っぽい所もあるしな。授業中とかは寝てるし?」
「そうなんだ?あ、でも男の子!って感じはとってもするよね!」
「そーそー。」
「・・・向日君と宍戸君は、お互い良く知ってるんだね。」
話していてなんとなく分かった。
単に気が合うという以上に、2人の間には1週間やそこらでは形成されない、気を許しているような空気感があった。
「俺たち、小学校からの付き合いだからなー。」
「そうなのっ!?」
「おう。氷帝系列の所。ジロー・・・芥川も一緒に、3人で居たんだ。」
「芥川君もなんだ!」
芥川慈郎。
彼は男子テニス部で、ある意味とても目立つ部員であった。
入学直後のこの時点でいつもほぼ眠っており、しかし実力は折り紙付きな為、なんとあの跡部でさえも芥川にだけは注意するに出来ないという異色の存在。
「その頃から、ずっとテニスしてたの?」
「おう!中学上がっても、テニス部入るよなーみたいな話もしたな。」
「そうなんだ。」
「・・・なんつーか、忍足もずっと此処に居たんなら楽だったのになー。」
「え?」
「彼奴越してきたろ?俺たちみたいに昔馴染みが居たら、もう少し分かりやすい奴だったんだろうな、って思ってよ。」
「そうだね・・・誰も忍足君の事知らないもんね。」
可憐は、自分で言った事ながら、その言葉の響きになんだか少し寂しいものを感じた。
誰も知らない。
誰も分からない。
忍足侑士という少年の事を。
「・・・ねえ、向日君。」
「ん?」
「聞いても良いかな?」
「おう。なんだよ。」
「どうして私に聞いたの?」
「んん?何を?」
「忍足君の事。」
「・・・あー。」
何故と言われると。
「・・・まあ、白状しちまうか!」
「白状?」
「正直、俺と亮で疑ってたんだよ。忍足がお前の事苛めてんじゃないかって。」
「い、苛めっ!?」
「いや、今はもう思ってねーからな!ちょっとだけだから!ちょっとだけ!」
完全に予想外の方向から話が来て、可憐はそれはもう驚いた。
「どうして・・・?」
「だってよー、彼奴お前のドジ笑って良いのは自分だけ、みたいな事言うんだぜ?」
「ドジを笑って良いのは・・・??」
「意味分かんねーだろ?それで亮に話したら、もしかしたら苛めてんのかもしれねー、っていうからよ。」
「そっか、宍戸君が心配してくれたんだね。」
宍戸の性格が分かるようになると、流れとしては有り得る話だなとは思える。
しかし分からないのはその前段だ。
「お前も分かんねー?」
「うん。全然。」
「んー、やっぱ良い奴は良い奴としても、分かんねー野郎だな!」
「・・・うん。」
「?どした?」
急に俯く可憐。
何か変な事言っただろうかと向日は考えを巡らせるが、いまいち分からない。
「なんだよ。具合悪いのか?」
「あ、ううんっ!違うの、そうじゃなくて、その・・・忍足君の事で。」
「忍足?」
「うん。私、なんていうか、忍足君とは仲良い方だと思ってたんだけど・・・」
「え、仲良いじゃねーか。」
「ううん。仲良しだったら、もっと色んな事知ってるよ。」
今向日と話していて初めて気がついた。
自分は忍足の事を知らない。
「おいおい!さっきまであんなに色々教えてくれたじゃ、」
「でも、私のした話って忍足君にして貰った事とかばっかりだし・・・。趣味は何とか、何考えてるかとか、全然知らないよ。良い人だって言うのは知ってるけど、他の事は何にも・・・」
「桐生・・・」
みるみる内に暗くなる可憐。
その脳裏には、此処に居ない2人の人間の顔が浮かんでいた。
「・・・忍足君の事。」
「・・・?」
「聞くんだったら・・・今度からは、跡部君か茉奈花ちゃんにした方が良いよ!」
「・・・なんで?」
「あの2人だったら、部が動き出してから3人で色々決めてるし、話もしてるし!きっと私より、もっとずっと忍足君の事知ってるから。」
「・・・桐生。」
「だからねっ!今回は心配してくれたからなんだけど、忍足君についてなら次からは、」
「ていっ。」
向日のデコピンが可憐の額にヒットした。
あんまり痛くはないけれど。
「むっ!向日君っ!?何・・・」
「あのなー、馬鹿かお前!」
「馬鹿!?」
「そーだよ!お前な、会ってからたかだか1週間かそこらで何を何処迄知ってるつもりなんだっての!」
「だ、だって!」
「だってもでももない!跡部も網代も、お前と知ってる事なんか変わるかよ。」
「そんな事ないよ!」
「あ、る!」
少なくとも自分達よりは数倍知っている事が多いのに、何をそんなに気にする事があろうか。向日は不思議で仕方がない。
「そう、かなあ・・・?」
「そーなんだよ!分かったら落ち込まなくて良い事で沈むんじゃねーぞ?」
「・・・うん!」
可憐のショックは分かる。
この件に限らず、知っていたと思っていた事を知らなかったり、出来ると思っていた事が出来なかったり、叶うと思っていた事が叶わなかったり。
そういう「つもり」がひっくり返されると、人は多かれ少なかれ衝撃を受ける。
(それは分かるけどさー、でも此奴・・・)
「あ!私此処の駅なんだけど、向日君は?」
「おー、俺も俺も。一駅だけだけどな!」
「そうなんだ、じゃあもうちょっと・・・!」
「桐生?どうし・・・」
おお。
とうっかり向日は口に出してしまった。
此処の駅なんだけど、と言って桐生が指し示したその駅舎。
の、入口に向かって並んで歩く後姿は、今正に話題にしていた2人。
忍足と網代。
「・・・・・・」
「・・・楽しそう。やっぱり、仲良しさんだね。」
「・・・・・・」
「ね?向日く・・・向日君?」
「んー・・・」
微笑み合いながら歩く2人を、目を細めながら見る向日は思うのだった。
「・・・やっぱり彼奴、何考えてるんだか分かんねー!」