その頃紀伊梨は。
なんと25mプールに居た。
「頑張れー!紫希ぴょん頑張れー!」
「おい!プールサイドで飛び跳ねるな!」
何と紀伊梨は、解散後の初手で紫希の応援に25mプールに行く、を選んだのである。
最初はスライダーに行く気になっていたのだが、行きかけたところで気になるからと引き返し、柳生と一緒に紫希・真田組と合流した。
「ぷは!はあ、はあ、は・・・」
「おねーちゃん頑張れー!」
「もっとこうだよ!こう!」
「は、はい、有難うございます・・・」
「すみません春日さん、やはり止めておくべきでしたね。」
「いえ、皆親切でやってくれてるので・・・」
ビート板を使ってバタ足の練習をしている紫希を取り囲むちびっこの声援。
これらは全部、紀伊梨が大きい声で頑張れ頑張れというから、それにつられてやってきた見ず知らずの小さい子供達である。
正直顔から火が出るほど恥ずかしいのだが、紀伊梨にも子供たちにも悪気は0なので止めてと言うことも出来ず。
「おねーちゃん、膝曲げちゃ駄目だよ!」
「太腿からこーやってね、」
「はい・・・」
「待ってください、待ってください。君達も親切で言ってくれてるのはわかりますが、先生が何人も居るのは指導上あまり良いことではなくて・・・」
「だってお姉ちゃんのせんせー、あっちで怒ってばっかだよ?」
そう言われて2人が後方を向くと、紀伊梨に正座させて説教する真田の姿。
「良いか、こういった場では走るな!飛び跳ねるな!転んだりして打ち所が悪ければ大事になるぞ!」
「だってー!」
「だってじゃない、たるんどる!ちゃんと泳ぐ気がないのなら人の邪魔をするな!そもそもお前は普段からそういった気の緩みがーーー」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ね?」
ね?と言われるとそうですねとしか返せない。
「・・・どうしましょうか、春日さん。」
「えっ!?ど、どう・・・ううん・・・」
「もしよろしければ、真田君が戻られるまで僭越ながら私が代わりをしますが。」
「えっ?」
「五十嵐さんから目を離すことにはなってしまいますが、真田君はガード役としては優秀ですから問題ないでしょう。どうですか?」
「あ、いえ、私は有り難いですけれどご迷惑では・・・」
「そういう遠慮はしなくて良いんですよ、我々は友人なんですから。」
「・・・じゃあ。お願いします。」
「決まりですね。では・・・ん?」
柳生の着ている水着。
その端っこが、後方から軽い力でつんつんと引かれた。
「はい、何ですか?」
「せんせー、俺にもクロール教えて!」
「・・・・ん?」
後方を振り返ると知らない男の子がそう言い募ってきた。
というか。
ふと見回すと小学生とか幼稚園くらいのお子様達に囲まれている。
「私にもー!」
「ねー良いでしょー?」
「待ってください、少々時間を下さい。ええと春日さ・・・」
「お姉ちゃんも泳げないんでしょー?」
「私と一緒にやろー!」
「僕もやるー!」
「え、ええと、ええと・・・」
「ダメー?」
「だ、駄目じゃないですけど・・・」
「じゃあ良ーい?」
「ええええっと・・・・」
戸惑いオーラダダ漏れにおろおろする紫希に、柳生は苦笑してため息を吐いた。
ダメだ。もう此処までくると万事休すだ、色々諦めよう。
「春日さん。」
「あ、柳生君。あの、私この子達と・・・」
「練習しましょうか、皆で。」
「・・・はい!」
わっとちびっ子たちが歓声を上げた。
一方その頃、真田は紀伊梨へのお説教がようやっとひと段落した所であった。
「良いな!二度目は許さんぞ!」
「みゃい・・・」
「よし。」
分かれば良いんだ、分かれば。
(さて、春日はーーー)
「あのう・・・」
「?」
かけられた声に振り向くと、知らない親子。
「何でしょうか?」
「あの、もしよろしければうちの子も指導をお願いできないでしょうか?」
「は?」
うちの子「も」って何、「も」って。
そんな義理ないとかいう以前に、よく赤の他人の自分に頼もうと思ったな。
「いえ、俺はーーー」
「良いじゃん真田っち、教えてあげなよー!」
もう立ち直った紀伊梨が、真田の後ろからひょっこり顔を出した。
「お前は勝手に何を言うか!俺はそもそも春日の指導がーーー」
「紫希ぴょんやーぎゅに教えて貰ってるお?」
「何?」
紀伊梨が指差した方を見ると、確かに柳生と紫希はちょっと離れた所で2人で何かバチャバチャやっている。
まあ最も、よくよく見ると紫希ももう半分子供の面倒を見ていて、自分の練習はそっちのけになりつつあるのだが。
「おねーちゃんも一緒にやろー!」
「お?良いよ!」
「おねえちゃんもあっちのおねえちゃんみたいに泳げないのー?」
「ううん!紀伊梨ちゃんは!ばっちり泳げます!」
「マジで!?」
「すごーい!お手本見せてー!」
「おしゃ!任せなしゃい!」
何も戸惑うことなくごくごくナチュラルに溶け込んでいく紀伊梨。
これを+と取るかどうかは意見が分かれるところではあるが。
「おい、何を勝手に・・・走るな!」
「うおう!」
「あのせんせー怖いねー。」
「そーそー!皆怒らしちゃ駄目だよー!真田っちせんせーは、怒ると超怖いんだかんね!」
「先生ですって。」
「やっぱりどこかのスクールで指導してらっしゃるのよ。」
「そうね、叱り慣れてる感じがするわ・・・」
周りに居るお子様連れの奥様方は、もうすっかり真田をどこぞのスイミングスクールの講師だと信じて止まない。
「あのう、うちの子も良いですか?」
「うちの子も・・・」
「いえ!ですから俺はーーー」
「非番なのは分かってるんですけれど。」
「ですから!非番だとかそういう問題ではーーー」
「ねー!真田っちせんせー、平泳ぎの足ってどうやったら良いのー?」
「「「「「せんせー!教えてー!」」」」」
「~~~~~~!」
お前が教えれば良いだろ、出来るんだからとか。
そうやって先生って呼ぶからこうして誤解が深まる一方なんじゃないかとか。
そもそも自分は先生でもなんでもないってお前も分かってるんだから、一緒になるなよとかとかとか。
言いたいことは山ほどあるのだが、男真田弦一郎。
やってと言われて出来ないなどと逃げるは武士の恥。
「・・・良かろう、そこまで言うのならやってやる!覚悟は良いな!」
「「「「「やったー!」」」」」
「お前は一緒になって喜ぶな!」
「えー!?」