Overnight party 3 - 2/6


窓から差し込む月明り。
星空。

青い闇の中で、猫耳フードがついた黄色いツーピースパジャマを着て、紀伊梨は眠る。(かけておいたひまわり柄のブランケットは、もう蹴られて端にくしゃくしゃになっている)
そのベッドの下では、胸元にリボンのワンポイントがついたワンピースタイプのパジャマを着て、かけられたストライプのブランケットもそのままに、行儀よく紫希が眠っている。

そして更にその隣で。
千百合は起きていた。

「・・・・・・・はあ。」

被っているチェック柄のブランケットも、着ているパジャマ代わりのTシャツと半パンも、寝返りをうちまくってもうくしゃくしゃである。

眠い筈なのに。
間違いなく疲れて居るのに。
その証拠と言わんばかりに、同じように行動していた紫希と紀伊梨は、早寝という事を差し引いてもぐっすり夢の中である。

すごく羨ましい。自分もそんな風に、もう眠ってしまいたい。

「・・・・・・・・・」

同室が2人引っ込むし。
男子しか居ない中に、自分だけずっと混じり続けるっていうのも、この年になるとちょっと気が引けるし。
眠くはなかったけど、横になったらすぐに眠れるよねと見切り発車気味に部屋に戻ったは良いものの、全然眠れない。

いや。まあ。
理由は分かってるけど。

「・・・・・・はああ・・・・」

千百合は貸してもらった枕で自分の顔を覆った。

嘘だろ、おい。

キスして貰えなかった日は眠れなかったのに。
キスしたらしたで眠れないとか何それ。

(少女漫画かよ・・・)

皆で起きてる時は良かった。
努めて今は忘れようとしていれば、良い感じに意識が逸れる材料には事欠かなかった。

でも、いざこうして一人になるともうダメ。
全然ダメ。
やめようと思うのに、脳が勝手に記憶を焼き付けようとでもするかのように、リピートをし始める。

あの時の幸村の瞳。
自分を抱きしめる腕の力。
鼻をくすぐった幸村の匂い。


初めて感じた、幸村の唇のーーーー


「・・・・・・・はあ。」

千百合は体を起こした。

だめだ。
もう駄目だ、起きよう。
とても眠れない、こんな心理状態で。

もう多少誰かに何かを思われても良いや、このままじゃ徹夜をしかねない。
そう思い、千百合は静かに、でも極めて迅速に立ち上がって部屋のドアノブに手をかけた。

すると。

「だから、あの時は・・・あれ?」
「あれ?千百合?」

廊下には、今まさに階段を降りようとする者や、開け放した扉の向こうでせっせと布団を敷いている者が居る。
この雰囲気は、おそらく今しがた解散したのだろう。こっちももう寝ますか、と相なったわけだ。
タイミングが良いのか悪いのか。

「千百合?どうしたんだい?」
「・・・・いや、何か寝付けなくて。」
「マジかよ、お前疲れてないの?俺はもう眠いんだけど・・ふあ。」

兄は欠伸を零している。

テンションで起きているのももう限界が来たのだ。

そう考えるとやはりテニス部は化け物の集団かもしれないと思える。
皆基本、顔が「まあ眠いと言えば眠い寄り」程度でしかない。体力お化け達め。

「眠れないなら、ホットミルクとかどうかな。それとも、もう眠るのは諦めて起きるかい?」
「いや、明日辛いのやだから眠りたくはある。どうにかして。」
「ふふっ、そっか。じゃあ一緒に行こうか。他に何か、眠れそうな方法は・・・」
「人の家では難しいですが、可能ならアロマオイルはどうでしょうか?」
「お前さん、そんな少女趣味なもんをよう知っとるの。」
「私ではありません、妹が偶に使うんですよ。」
「あー、そういえば何か紫希も偶にやってるみたいな事言ってたな。ハンカチにシュッとして枕元に置くとか。私はしないけど。」
「そうなんだ、嫌かい?」
「何か、普段しない事すると却って眠れなさそう。」
「本は?」
「本?」
「何か、小難しい本読んでたら眠くなってくるんじゃねえ?この家にあんのか知らねえけど、こう、親のビジネスの本とか。」
「本・・・・」

そう言われた千百合の脳裏に、一冊の本が過った。
別に難しい本じゃなかったけど。

でも、今ちょっと読みたいかもしれない気分の、本。



オレンジの柔らかい光に照らされたダイニングキッチン。
そこで幸村は、2人分の蜂蜜入りホットミルクを作っている。
本当言うと丸井も欲しかったのだが、流石に此処で自分の分もくれと言うほど無粋でもないので、今は我慢して2階に居る。

そろそろふつふつしてきたかなと思い始めた所で、千百合の足音が階段上から聞こえてきた。

「おかえり。あったかい?」
「ああ、うん。ミルクありがと。」
「ふふ、おやすい御用だよ。でも、一体どの本を・・・」
「これ。」

これ、と言っても紀伊梨の本だが。
あの乱雑な机から見つけるのは苦労したが、ギリギリ捨てては居ないだろうとは思っていた。

「わあ『ミモザ旅行記』だ、懐かしいな。こう言うとなんだけど、ちょっとだけ間違って捨ててるんじゃないかって思ってたよ。」
「それはちょっと思ったけど、まあ流石に。」

この『ミモザ旅行記』は児童書である。
絵本以上魔法学校未満、青い鳥文庫のようなくらいのボリューム。

これは紀伊梨が持っているほぼ唯一の小説の本で、小学生の頃紫希が誕生日プレゼントとして紀伊梨に贈ったのである。
主人公のミモザが、紀伊梨に似ていてお気に入りなのだという理由で。

「はい。熱いから気を付けてね。」
「ありがと。」
「ううん。でも、俺も一緒に良いかな?なんだか、久しぶりに読みたいんだ。」
「ああ、良いよ。」

ミルクを受け取りながら、千百合は本を開いた。
その隣に、幸村がぐぐぐと椅子を近づける。

表紙。
黄色いワンピースのミモザ。

(・・・ああ、そうそう。こういう話だったわ。)

忘れかけていたとはいえ昔は千百合も幸村も何度か読んだので、ちょっと読み始めると記憶が直ぐ戻ってくる。
主人公のミモザは旅を愛する少女。行く先々でトラブルを起こすも、周りに愛されるその天真爛漫さと持ち前の明るさで最後はハッピーエンドにしてしまう、そんな話。

話の中盤まで来た時に、このミモザは敵に吹き抜けから突き落とされる。
割と話の流れ的に死んでもおかしくない状況で万事休すかと思われたその時、ヒーロー役のアカシアが受け止めて助けてくれるのだ。

挿絵には正にその場面ーーーーーミモザを姫抱きにするアカシアのシーンがある。

ああ。
記憶が蘇る。