Overnight party 3 - 4/6


後から聞いたが、先生は追おうにも幸村の足の速さについていけなかったらしい。
元々左程足の速い先生ではなかったが、幸村が速すぎた事も大きかっただろう。
あの頃から既に幸村は色々同級生の範疇を超えていたわけだ。

「そういえば千百合。」

千百合ははっとした。

「何?」
「この挿絵で思い出したんだけれど、さっき春日の手を直していたよね?あれは結局、何だったんだい?」
「ああ、いや。そんな大した事じゃないんだけど、うーん・・・塩?」
「塩?」
「何ていうかなー。私さ、ミモザの事を可愛い・・・世間的に可愛いって言われるんだろうなって思ってて。」
「うん・・・?うん。」
「ミモザはさ、ほら手を此処に置くじゃん。」
「・・・うん。」
「だから、こういう抱き方される時に、手は此処に置いた方が可愛く見られる的な、勝手なイメージが昔から・・・ちょっと!」
「ふふ・・・ふふふ!ごめんね、ちょっと・・・あはははは、ふふ・・・あはは!」
「・・・言うんじゃなかった。」
「ごめんね違うんだよ、そうじゃなくてその、可愛くて・・・あはは!」
「笑うか褒めるかどっちかにしろ!」

幸村はおかしい・・・というか、ほほえましくて仕方がない。
普段何に対しても概ね無関心で、どっちでも良い、どうでも良い、別にそんなの大差無いでしょ、みたいな事ばかり言う千百合なのに。
それなのにこんな何気ない挿絵の、ほんのちょっとした事に対して可愛いかな可愛くないかななんて考えていたという、そのギャップが幸村には可愛くてならない。

「もう良い。」
「ふふふ、ごめんね・・・あれ?」
「何よ。」
「いや、それならさっきの事は・・・こういう言い方で良いのかわからないけれど、丸井の事を許す気になったのかなと思って。」
「・・・・いや。ううん・・・・」
「まだ許すって言ってない、くらいかな?」
「うんまあ。丁度そのくらい。」

他意がある云々差っ引いて、世話になっているのは紛れもなく本当だ。
今日はそれをしみじみ思った。気に入るとか気に入らないとかじゃなく、それは事実。

「それに、元々私自身は丸井がそんなに言うほど嫌いじゃないから。ただ、あのスタンスでトラブル招いたら承知しないぞ的な意味で嫌なだけ。」
「まあ、今の所された事よりしてくれた事の方が圧倒的に大きいからね。」
「うん、だからまあ。そうである内はまあ良いかなって気が今日してというか、ちょっと考え改めた方が良いかなって。紫希がそっちのが喜ぶんなら。」

ある意味では、だ。
千百合は丸井の事を、そんなに言うほど気にしてるわけじゃない。
気にしてるのは紫希の方だ。紫希にあんな風に関わって来なければ、丸井は普通に良き友人の内の一人にすぎない。

その紫希が丸井を良しとしているから千百合だって極力好意的に見ようとはしているのだが、兎に角丸井は距離の詰め方がああなので、もうちょっと無難な方法にしてくれないか頼むからと思っているのが現状。

「あー・・・何かちょっと良い感じに怠くなってきた。」
「眠ろうか。もうミルクもなくなったし。」
「ん。」

こんな軽い読み物で眠気なんて誘われまいと思っていたが、内容は兎も角活字を読むのは思っていたより効果があったらしい。
この分なら、おやすみ3秒とはいかなくても間もなく眠れるだろう。
やっぱり不眠の原因が何であれ、人間ずっと起き続けるというのも無理があるらしい。

「貸して。洗っておくよ。」
「え、いや良いよ。私のせいなんだし、私やる。」
「ふふっ、良いから良いから。それよりも、眠いと思った時に眠っておかなくちゃ。」
「・・・まあ。」

それもそうではある。
ぐずぐずしていたらまた妙に目が冴えるかもしれないし。

「・・・じゃあ、甘える。よろしく。おやすみ。」
「うん・・・千百合。」
「何?」

ちゅ。

と可愛らしい音を立てて、額にキスが落とされる。

「おやすみ。」
「・・・・・・・・・・あのさあ。」
「・・・いけなかった?」
「いけないとかそういう・・・あのね・・・」
「遠慮しすぎても傷つけてしまうって分かったから、ちょっとだけ好きにやってみたんだけど。」

ちょっと。そうか、これはちょっとなのか。
もうこれは徹夜の覚悟を決めた方が良いかもとさえ思うが、それを口に出したら多分幸村はそのちょっとの我儘を完全に引っ込めかねない。

寝れないじゃないかと言うともうしないと言われ。
何も言わないと安穏と眠ると思われる。
どう転んでも千百合には不利益。

それに対して、何かちょっと理不尽じゃないか?とか思う程度には眠気は持続していたので。

「・・・ちょっと。」
「うん?」
「耳貸して。」
「・・・どうぞ。


・・・・・・っ!」


痛い。未満。

何か囁いてくれるのかと思って言われるがまま耳を寄せたら、本当に軽くだが歯を立てられて幸村はバッと身を引いた。

千百合は眠いのと、滅多に見られない幸村の本気で動揺してる顔が見られて、ちょっとご機嫌になりかけてすらいた。

「おやすみ。ふあ・・・」

ダイニングを出て階段を上がる音がする。
完全に千百合の姿が消えてから数秒後、幸村は片手でマグカップを持ちながらもう片手で顔を覆った。

駄目だ。今しばらく部屋に戻れない。
間違いなく発熱してると思われて心配されてしまう。

幸村だって、今日のキスは心臓が止まるほど緊張してた。
終わっても何度も思い返されて、皆の前では普通に振る舞っていたけど、内心でずっとふわふわした気分のまま過ごしていた。

やっとそれが落ち着いてきて、甘い気持ちだけが胸に残りだしていたのに。
その勢いのままおやすみのキスをしてみたら、こんな風にやり返されるなんて思ってもみなかった。

歯が当たった所がじんじんする。火傷してるんじゃないかと思うくらいだ。触れる勇気もない。

(・・・もう一杯飲もうかな、)

一杯で済むかはわからないけど。
顔に当てていた手をゆっくり首に持っていったら、蛇口に真っ赤な顔の自分が映っていたのが見えて、幸村は大きい溜息を吐いた。