さて。
紫希が失敗した事で、AチームとBチームはお互いに2枚目ボードに1枚残し状態で並んだ。
だが、残り1枚きりとなると、ビードロズや柳生はおろか、テニス部員でも厳しい者がいる。
根性で切り抜けてきた仁王だったがとうとう9番パネルを落とせず、丸井は余裕綽々で5番を落とした。
こうして千百合に回ってきた時には、相手に再度逆転されており、こちらは1枚分遅れを取った状態。
「こんな状態で回して来ないでよ。」
「千百合っち頑張れー!これを落としたら、ボード2枚目で2ポイントだあ!」
「無茶言うな。」
「まあ・・・実際無茶だな。」
「パネルは1枚のみ、しかもBチームの時と違ってコーナーの9番。黒崎が落とせる確率は5.31%だ。」
要するに、である。
このチームは正確性が欠けるのだ。
個々のパラメータ的にはあっちに運動音痴の紫希が居る分上回っているが、残り1枚2枚を落とせる人間が向こうは丸井含め3人居るのに、こっちは柳しか居ない。
今だってそう。
千百合が外せば、次は未だ紀伊梨の番。
如何に運動神経抜群の紀伊梨と言えど、コーナーの9番を落とせるかどうか。
「・・・よし。」
「仁王?」
「黒崎、ちいと来んしゃい。」
「?」
さっきの丸井のように、何かコツでも教えてくれるのだろうか。
「ええか。」
「ん。」
「もしも落とせなんだら。」
「はあ。」
仁王は徐にスマホを取り出した。
「この中のカメラロールに入っとるお前さんの学校での居眠り姿を幸村に送るき、その気で頑張りんしゃい。」
此処に居る全員に動揺が走った。
一周回って言われた事の意味が分からない千百合。
顔には流石に殆ど出ないが、今すぐ話を聞きたい幸村。
命の終わりを感じる棗。
そしてその他のメンバーも、関係無いとはいえ、何がどうしてそうなった感でいっぱいである。
「お、お待ちなさい仁王君!黒崎さんの交友関係に口出しするつもりはありませんが、そういった写真を貴方が持っているのはおかしいでしょう!」
「やーぎゅの言う通りだよ!なんでニオニオがそんなの持ってるのー!?」
「なっちんがくれたんじゃ。持つべき者は友達じゃのう。」
「・・・・・・・」
ダラダラ、を通り越してザブザブと脂汗の出る棗。
「・・・いやあの、違うんですよ。あのね?仁王に渡すつもりはなかったんだよ、ただ撮っておいたら使えるかなと思って、そしたらLINEで仁王に別の画像データ渡す時誤爆で上げちゃってさ、」
「棗君・・・」
「なっちん・・・」
「おい春日、五十嵐、こっち来い!危ないぜ、何時何を撮られるか分かったもんじゃねえだろい。」
「スマートフォンのカメラの範囲、画質から考えて、5mは離れた方が良い確率100%だ。」
「いや、念には念を入れて、誰かの後ろに隠れて居ろ!」
「桑原は、クラスの女子にでもこの事を広めてやった方が良いんじゃなか?」
「そうなんだけど、お前に今言われても凄く釈然としない・・・」
(・・・写真?寝顔?誰の?私?)
千百合は衝撃が大き過ぎて、未だに処理が追いついていなかった。
「千百合。」
「・・・・・・」
「千百合。」
「!あ、ああ、精市・・・」
「大丈夫かい?」
「ああうん。ごめん。疲れてたのかも、悪い夢見て。仁王が私の寝てる所の写真持ってるなんて、趣味の悪い・・・」
「現実だよ。」
「彼奴殺すわ。」
パネル云々丸ごと差っ引いて、それしかない。
仁王に死んで貰おう。
勿論、棗にも。うん、そうしよう。
「千百合。」
「ごめんね精市、将来有望な部員を1人退部させちゃって。」
「千百合、聞いて。」
「あんまり聞きたくない。」
人間パニックになっている時に必要なのは状況の整理だが、この状況を整理したくない。
脳が考える事をかなり必死で拒否している。
幸村もそれは良く分かっている。
程度の差はあるが、自分も心理的には似たようなものだ。
「良いかい、千百合。もしパネルを落とせなかったとしても、俺は何も見ない。」
「・・・・え?」
「パネルを落とすのに成功すれば、俺には写真は送られない。もし失敗して送られてきたとしても、俺は見ない。千百合に携帯を渡すから、千百合が消してくれたら良い。」
でも。
そうは言うけど、あんまり考えたくないというか認めたくないけれど。
「・・・見たくないの?」
「ううん、見たくないっていうと嘘になる。俺は千百合の顔ならどんな顔でも見たいから。」
「・・・なら、」
「見たいけど、俺はそれ以上に千百合が嫌だと思う事なんかやりたくないんだよ。」
一見仁王のこの発言は、千百合に対する脅しと言う名の発破のように思える。
だが、これはそれと同時に幸村に対する揺さぶりでもあるのだ。
自分ですらも殆ど見た事の無い彼女の寝顔の写真データが自分以外の男の手の中にある。
気にしない人間も居るだろうが、少なくとも幸村は気にする。
すんごく気にする。
正直途轍もなく気に入らないけど、忽ちはどうしようもない。仁王の性格からしてバックアップもとってあるだろうし、携帯を取り上げても問題がちょっと伸びるだけだろう。
だから今出来る最善手は、なるべく無かった事にーーー事無きを得るか、それに限りなく近づける事である。
「仁王の脅しのポイントは、俺が写真を見る事を前提にして成り立っているんだ。つまり俺が反応しなければそこから崩せる。」
「・・・・・」
「何度も言うけど、俺は見ない。信じて欲しい。千百合が悲しむ事で俺が良い目を見られるとしても、そんなの俺は嬉しくない。絶対しない。」
仁王はその辺を勘違いしてる・・・というか、言い方を選ばずに言うと、自分を舐めていると幸村は思う。
自分がそんな目先の事に釣られて、千百合を疎かにするような真似に走ると思っているからこういう提案をするのだ。
甘く見て貰っては困る。
「・・・・・」
「良いね?残念だけど、今すぐにデータを丸ごと取り上げたりは出来ない。外した場合、一度俺の手元に来るのは覚悟して貰わないといけないけれど。」
「・・・・分かった。」
「建て直されたか、手強いの。」
「手強いっていうか、お前はよくあんな風に幸村に喧嘩を売れるな・・・」
ここまでくると棗は逆に感心してしまう。
親友の自分でも幸村に向かってあんな喧嘩を売るような真似は出来ない。こう見えて千百合をおちょくる時も、幸村の逆鱗にだけは触れないように細心の注意を払っているのだ。後が怖いから。
仁王だって自分の命運を分かってない筈は無いのに。
「明らかにコスパ悪いだろ・・・多少のメリットの為にどれだけのデメリットを許容する気だよ・・・」
「肉を切らせて骨を断つじゃ。」
「肉切らせて骨まで差し出してる状態なんだが!?」
「安いもんじゃ。俺のやりたいテニスが出来るならな。」
幸村が怒る事くらい分かってる。
我が身が危ない事も。
でも、我が身が可愛いなんて言ってちゃ、柳生の入部なんて望めない。
そんなの嫌だ。
自分はテニスしに学校来てるんだぞ。
「・・・・・・」
「なんじゃ?」
「俺達、立海来れて良かったよ。」
「どうした藪から棒に。」
自分の親友に負けないくらいのテニス命人間が此処にはいっぱい居る。
そういうの、嬉しいじゃないか。親友としては。
「ただそれはそれとしてお前は、今自分が命を捨てたんだっていう自覚はちゃんと持っとけよ・・・?良いな・・・」
「心配せんでも、俺だって恐怖心位はあるぜよ。」
そう言う仁王の声は若干震えていて、棗はああ良かったと思った。
越えちゃいけないラインを越えてしまったのは重々承知しているようだ。