幸村・千百合のペアはその後問題なく上へ登っていた。
今は4階。幸村は吹き抜けを見下ろし、1階をじっと見ていた。
「・・・・・・」
「精市?」
「ううん、何でもないよ。行こうか。」
「ん。」
目測だが、多分このくらいの階から崖の上へ出てくる。と思う、多分。
「崖どっちだっけ。」
「こっちだよ。だから・・・そうだね、どこか客室に入ってみようか。」
「客室・・・」
「ふふっ。ちょっと気味が悪い?」
「まあ。特定の人間が使ってたんだな感があって。」
「確かにそうだね。パブリックスペースではないから・・・よい、しょ。」
幸村が扉を開けると、中はぼろぼろの客室であった。幸いというか、客の私物っぽいものは見当たらず、汚れまくったベッドや、もう絶対何も映らないであろうテレビが置いてあるばかり。
そして目測通り、破れた窓の外に崖が見えた。
行けそうか。と一瞬思ったが。
「・・・あー。」
「これは無理かな。」
「精市でも無理?」
「俺と弦一郎と柳くらいじゃないかな、問題ないのは。テニス部でも苦しいと思うし、ビードロズだと棗でもできるかどうか。」
「はー。んじゃあ無理だね。」
確かに、行けそうではある。ただ、ご丁寧にというか、フェンスが張ってあった。
普通なら越えられるかもしれないが、この急斜面で乗り越えろという注文は結構きつい。
何より、落ちたらかなり下まで急落下することになる。命が危ない。
「戻るか。」
「そうだね。連絡しておくよ、ここのルートはダメだって。」
「ん。」
ここより上の階に行くと、フェンスは多分越えられるが、崖と窓の距離が離れすぎて最早出られないだろう。
確かめるポイントが少ないのは楽だな、と思いつつ千百合が扉を閉めると、幸村はまたも下を覗いていた。
「どしたの、さっきから。何か落としたの。」
「千百合、見て。」
「え、何・・・!?」
下に、何か茶色いものが居る。
動いている。
「・・・あれ、」
「猪だね。子供も連れてるし、このまま降りると危ないな。」
「え・・・どうすんの。どうすべき?何かで追い出す?」
「いや。まずは、少し待ってみよう。ずっとここに居るわけじゃないだろうし、居なくなってくれたタイミングで通るのが一番安全だ。お互いにね。」
「精市、居るの知ってたの?」
「通った時に、足跡があったのを見つけたんだ。いつのものかわからなかったし、通っただけかと思ってたんだけど、巣にしてる可能性もあるかな。」
千百合も大概冷静な方だが、幸村は輪をかけて冷静である。
今だってスマホを出して、皆に猪発見、安全だけど動けそうにない、の一報を送っている。
(猪ねえ・・・)
千百合は手すりに寄って下を見て、本当に居るもんなんだなあ、なんて思った。
山には居ると聞いたことはあっても、本当に見たのははじめて。
「・・・千百合、念のために言っておくけれど。」
「何?」
「近づいたらダメだよ?2階までは降りても良いと思うけど、そのまま行っちゃだめだ。」
「いや、わかってるけど。え、近づきそうに見えるの?」
「近づきそうというか、怖がってなさ過ぎる気がして。」
「まあ。」
確かに最初はぎょっとしたけど。
今の所気づかれてないし、近づかないかぎりは安全だと思われるし。
何より。
「精市が居ると、大抵のものは怖くないんだよね。」
これは信頼である。
助けてもらえるという信頼というより、幸村と一緒ならまあ何とかなるという信頼。
同じような身体能力を持っていても、真田や柳相手に同じようには感じられない。
千百合がそう言うと、隣の幸村は苦笑した。
「気持ちはわかるけれど、自衛もするんだよ?」
「まあ私だって、痛い目に遭いたくはない・・・気持ちはわかる?」
「俺も、千百合が居ると大抵のことはできる気がするから。」
「それでなくても大抵のことはできるんじゃないの。」
「そんなことないよ。」
そうかなあ。とか思いながら、千百合はちょっと赤くなった顔を隠すために、手すりから離れてソファに歩みを進めた。
ホテルだったのが幸いした。多少汚いけれど、座る場所には事欠かない。
居なくなるまで、多分もう少しかかるし。
スマホでも見ていようと取り出した丁度その時だった。
柳・桑原コンビからルート確保できずの一報が届き。
同時に、棗・柳生班から、荷物を猿に盗られたという一報が届いた。